大手保険会社で長年勤務後、定年退職・雇用延長のタイミングで北海道大学公共政策大学院に入学。3年の長期履修制度を活用し、現在修士3年。研究テーマは障がい者福祉政策について研究。在学中、雇用延長の限度が来ることを受け退職し、大学院の授業内で知った「労働者協同組合」の老人福祉センターに2025年4月から勤務。

(インタビュー実施:2025年8月26日 Zoom上にて)
きっかけは同期から聞いた「大学院は楽しいよ」
――立山さんがは現在北海道大学公共政策大学院(通称:HOPSホップス)に在学なさっていますね。
HOPSへの入学はいつごろから考えていらっしゃったんですか?
立山:あ、それはもうほぼ1年前ですね。
――1年前から考えていらっしゃったのですね! 受験を考えたきっかけは何でしょうか?
立山:きっかけは前職の同期の1人がすでにHOPSに入っていたことなんです。
リスク管理の仕事をしている同期が小磯先生と仕事でつながりがあって、「社会人でも勉強できるよ」と誘われたらしいんですよね。
私が検討したときには、彼はすでに2年生でした。

――なるほど。
立山:その同期は「大学院が楽しくて仕方なかった」と言っていました。
3年の長期履修で通ったあと、別の大学院の博士後期課程に進学し、来年博士号を取得予定なんです。
その彼から「今後の人生を考える上で大学院に行くのは意味があるし楽しいよ」と熱心に誘われました。
――そういうことだったのですね。
立山:私はもともと大手保険会社に勤めていました。
最初の10年間は営業、その後経理に異動になって、そこからずっと経理部で勤務しました。
会社が外資に吸収された時期と重なって、経理の専門職として走り続けました。
――そこから長い経理キャリアが始まったんですね。
立山:そうです。もうどっぷり経理をやって最後まで走り切った感じです。
ただ、50歳になる頃には子どもが3人いて教育費がとにかくかかりました。
50歳のときには貯金がなんとゼロになってしまって…。
――教育費の負担は本当に大きいですよね…。
立山:年間400万円くらいかかっていて、自転車操業のようでしたね。
ただちょうど子どもが大学を卒業するタイミングでもあったので、そこで少し落ち着きました。その後、個人ファイナンスを勉強し始めたんです。
それまでは法人のファイナンスしかやってこなかったのですが、個人のファイナンスも必要だと痛感してファイナンシャルプランナーの資格を取り、投資も勉強し始めました。
15年間投資を続けて、個人投資家の端くれにはなれたと思います。
投資の勉強を通して、50歳を超えてからでも新しいことを学び、自分で挑戦して成功体験を積むことができました。
この成功体験が、大学院挑戦につながっています。
同期から大学院を誘われたのはちょうど60歳を過ぎたころ。
一度定年になったあと雇用延長で勤務している時期だったので、もう一度新しい挑戦をすべきだと思っていたんです。
その時声をかけてもらい、HOPSに入ることを決めました。
実は身内に障がい者がいることもあり、HOPSでは障害福祉など社会保障制度などを学びたいという思いがあったことも要因です。
「どうせ無理だ」と思わずに挑戦しようと考えました。
――なるほど、そうだったのですね。
「なにくそ」の思いで2回目の挑戦で合格
――受験勉強はどうでしたか?
立山:1年勉強してから挑戦することにしました。
HOPSでは秋と冬に2回入学試験があるのですが、秋の試験は落ちてしまったんです。
でも「なにくそ」と思って論文の書き方を学び直して、冬の試験に合格することができました。
ちょうど大学教授をやっている友人からもアドバイスをもらったことも大きいです。
まあ、藤本さんの塾に行っていたら1回目で受かっていたと思うのですが(笑)。
――いえいえ、ありがとうございます。
苦しかった修士1年目の前期
――大学院に入ってみて実際にどうでしたか?
立山:面食らったのはレポートです。
課題においてレポート、レポートの連続なのですが、書き方に十分慣れていませんでした。
場数が足りなくて本当に苦労しましたね。
いろんな論文の書き方の本を読んでもそう簡単にはいかなくて。
レポートの締め切りも迫ってくるので、一番苦しんだのはそこです。

――最初は本当に大変だったのですね。
立山:はい。1年目の前期は特に苦しかったです。
後期に入ってようやく少し慣れて、楽しさもわかってきました。
――印象に残っている授業はありますか?
立山:「福祉労働政策事例研究」という授業です。
土曜に2コマある授業で、毎回ゲストスピーカーがいらっしゃったり現地に見学に行ったりと様々な視点を学べる授業でした。
その授業の一環で「労働者協同組合」が運営するレストラン見学にいきました。
ここは典型的な障がい者福祉施設ではなく独自の形を持っていて、地域共生社会の実現を目指す姿に感銘を受けました。
高齢者、子ども、女性、障がい者などの共生する社会を目指す姿は今でも印象深いです。
――授業を通して福祉政策の現場に触れる機会もあったんですね。
立山:そうですね。授業での見学を通し、労働者協同組合の考え方も学びました。
福祉ってどちらかというと国がいう内容をただ実現するという方向のものが多いんですけど、見学先では「自分たちで仕事をつくる」という発想を持っていらっしゃることが印象的でした。
実はこのときの印象が強くて「いまの仕事を終えたら労働者協同組合で仕事をしたい」と思っていました。
そして実際に今年2025年4月1日から労働者協同組合で仕事をすることにしたんです。
労働者協同組合で老人福祉に関する業務を行っています。
前職は今年の3月末で退職しました。
本来は雇用延長の限度が5月末だったんですけど、キリのよいところで4月から切り替えました。
――そうだったのですね!すごいですね!
労働者協同組合とは、株式会社・NPO法人など法人の一形態です。
労働者協同組合は労働者協同組合法に基づいて設立されています。
特徴的なのは組合員が出資し、それぞれの意見を反映して組合の事業が行われ、組合員自らが事業に従事することを基本原理としているところです。
労働者協同組合が運営する福祉施設では施設の運営者だけでなく利用者も組合員として運営に参画していくことになります。
「契約社員みたいなものなので週4勤務で通学していました」
――仕事と大学院の両立をどのように実現なさったのでしょうか?
立山:定年を迎えたあとは契約社員として1年更新で勤務をすることになっていました。
HOPSに合格してからは、週4日勤務の契約社員として勤務していました。
正社員と違って契約社員なので柔軟な勤務ができるんですよ。
なのでこの制度で仕事と大学院を両立していました。
今年の4月から働き始めた労働者協同組合では週3日勤務をして大学院似通っています。
HOPSの修了まであと1年残っているので、仕事一辺倒ではなく、いろんな挑戦をしたいと思っています。
――実際に協同組合で働いてみてどうですか?
立山:これまで長年企業で働いてきましたけど、企業、なかでも大企業と比べて利益追求一辺倒ではないところが印象的です。
もちろん、資本主義の世の中なので利益を上げることも求められていますが、その中で地域福祉に根ざした事業をしているのが良いなと思います。
――具体的にはどのようなお仕事をなさっているのですか?
立山:ちょうど経理担当の前任者が退職したタイミングで入ることになったので、ここでも経理を担当しています。
ただ、経理だけでなく畑仕事やイベント準備など、なんでもやらなければなりません。
例えば今日は保育園児があす芋掘りに来るため畑で準備をしていました。
ものすごく暑かったんですけど、楽しかったですね。
――いまも経理を担当しながら新しい挑戦をなさっているのですね!
立山:そうなんです。
定年後のセカンドキャリアってほとんどの場合自分で探すことになるんですけど、大学院に行ったお陰で自力だと見つけられなかったような職場で新しい挑戦ができています。
(次回に続きます)
「社会人大学院生インタビュー」はこちら!






























北海道大学公共政策大学院(HOPS)在学中の立山直史さんへのインタビュー。前職の同期の誘いをきっかけに、60歳を過ぎて大学院受験への挑戦を決意。1度目は不合格でしたが「なにくそ」の思いで再挑戦し合格。修士課程での研究内容が定年延長後のセカンドキャリアに直結したお話を伺いました!