12/11、早稲田大学教育学部での特別講義を担当しました!
2025年12月11日、ご縁あって早稲田大学教育学部の授業で特別講義をさせていただきました(早稲田大学 教育学部 教育学科 教育学専攻 生涯教育学専修の授業での実施です)。
テーマは、
「地方×「手に職起業」で夢を広げる!」
という、まさに私自身の人生そのものを題材にした内容です。
授業では私の経験談を包み隠さずお話ししましたが、学生の皆さん、真剣に耳を傾けてくださいました。

ペアでのディスカッションをやって頂く機会が多くありましたが、そちらも大いに盛り上がりました!
講義後には5名の方が個別に質問に来てくださり、「話した内容を受け止めてくださったんだ」と嬉しく感じました。
今回は授業でお話しした内容を整理しながら「どんなに計画的にキャリア設計(人生設計)していても、外部環境に左右される」ということをお伝えします。
そのうえで、「だからこそ外部環境をチャンスに変える積極性が必要!」ということをお伝えいたします!
☆こちらの過去記事もご参照ください。
私自身のキャリアは“外部環境”に揺さぶられてきた
今回、学生の皆さんに伝えたかったこと。
その1つ目は
キャリア形成をする場合、「自分ではコントロールできない出来事」に左右されることがある
という現実です。
私は早稲田大学教育学部(教育学部 教育学科 教育学専攻 教育学専修)の出身です。
大学3年生の2008年にある重大事件が起きました。
それがリーマン・ショックです。
それまで好景気であったのが一転し、就職氷河期が急遽やってきました。
そのため私は(もっと勉強したいという思いもあり)そのまま早稲田大学の大学院教育学研究科修士課程に進学しました。
もともとは博士後期課程に進学し研究者を目指していたのですが、私が修士1年の終わりに起きた3.11の東日本大震災で自分の価値観が変わりました。
当時私は院生で自分の生活をどうするかで手一杯。
ところが、大学の同期は民間企業で働いたり学校教員として生徒と関わったりしています。
SNSを見ると「生徒を励ましつつ体育館で一夜を過ごしました」という投稿や「被災地支援に行ってきました」という投稿が溢れています。
同期は社会で活躍し、誰かの役に立っている。
その点、自分は仕事もしない上に(お金もないので)何もせずただ東京にとどまっている。
この状況がつらくなったほか、ちょうど研究に行き詰まっていたこともあり、そのまま半年間くらい鬱になり何も出来ませんでした。

半年後思い立って大学院博士課程の進学を諦め、高校教員の採用試験を受けることになりました。
大学院卒業の年の9月から採用試験を受けても、ろくな就職先なんて残っていません。
67校受けて内定を得たのがある全国区の通信制の高校。
もともと神奈川に本拠地があるので「首都圏で働ける」と思って受けたところでしたが、内定を受けたのはまさかの「札幌校」。
それまで一度も北海道に行ったことがない私にとって、突如の札幌行きの内示は相当ショックでした。
そこはけっこうブラックな職場で朝7時から夜11時まで働き詰めの日々。
札幌と帯広で計4年勤めましたが、心身ともに限界が来て退職を決意。
自分で塾をはじめることにしたのです。
退職したのが2016年3月。
そのまま2016年4月に独立して塾を開業しました。
ですが、開業したからといってすぐに順調にいくわけではありません。
お客様はなかなか増えず、「このまま続けていいのだろうか…」と悩む日々が続きました。
売上ゼロ・お客ゼロで妻のヒモ。
それが半年続いたなか、「なんとかしないといけない…!」と思って取り組んだのが「365日ブログ更新」の取り組みです。
2016年9月6日からスタートし、
本当に1日も休むことなく365日毎日連続で記事を投稿しています(今もやっているので10年目です)。
毎日欠かすことなく更新し続けた結果、徐々にお客様の方から問い合わせをいただけるようになりました。
おかげさまで、2023年3月に法人化出来るまでになったのです。
今回の講義では、私のこうした“失敗も含めたキャリアの実例”を包み隠さずお伝えしました。
もしも◯◯であったら。
私のこれまでのキャリアを見てみると、割と外部環境に左右されているのがわかります。
2008年のリーマンショックも、周囲で「内定が全然出ない…」という状況もあり、民間就職を避けるようにして大学院へ進学しました。
大学院1年の終わりの東日本大震災を見て自分の価値観が変わり、「自分は大学院で何をしているんだろう…」「社会の役に立てていないのでは…」と強く葛藤することになってしまいました。
研究も行き詰まり、博士課程を目指していた計画を断念。
修士2年の9月、急遽 教員就職を探しましたが、なんとか見つけた就職先から告げられたのが「札幌校勤務」という言葉。
もしリーマンショックがなければ、
もし東日本大震災がなければ、
もし札幌勤務でなければ、
私は独立することはおそらくありませんでした。
今回講義の機会をいただいた早稲田大学の吉田文(よしだ・あや)先生からも
「大学院時代、藤本さんはずっと研究に打ち込んでいたので、まさか独立・開業するとは思っていませんでした」
とコメントを頂きました。
実際、私もそう思います(笑)
だからこそ「自分のキャリアはこうじゃなきゃいけない」と
決めつけないことが大事なのだと思います。
そうでないと、絶望してしまうことになるからです。
外部環境の変化にしなやかに対応していく。
それがキャリア形成において重要なのだと自分の身をもって実感しています。

外部環境によるキャリア変更を前向きに捉えよう!
いくら計画的にキャリア形成を考えていても、「外部環境」によって自分のキャリアは大きく変わります。
だからこそ重要なのは
どのような状況に置かれても、自分でキャリアを考え直し、新しい選択肢を描く力を持つこと
だと思うのです。
そういう前向きな姿勢を持っていたら、外部環境によるキャリアの変更さえも自分の飛躍に変えていくことができるのです。
私の場合、博士後期課程に進学して研究者になるという展望を3.11による鬱で断念しましたが、それによって「高校教員として実績を積む」というキャリアを積むことが出来ました。
もともと首都圏で仕事したかったから神奈川県の高校を受けたのに札幌勤務を命じられたわけですが、それが縁で札幌という地とのつながりができました。
もともと「ずっと高校教員として働く」展望をしていましたが、ブラックな職場だったことをうけて「独立して塾を開業する」という飛躍につなげることが出来ました。
すべては外部環境によるキャリア変更ですが、それを「思っていたのと違う…」とネガティブに捉えていたらそこでキャリアが終わっていたと思います。
(もっといえば、私は早稲田大学の教育学部は「第5志望」であり、別に行きたくもなかった学部でした。
ですが、その学部で学ぶ中で教育の重要性と教育学の面白さに気づきました。
それが大学院進学に繋がったほか、大学院受験の塾開業に繋がっているのが面白いところです)
大事なのは外部環境のよる変化があったとしても「だからこそこれからどうするか」を前向きに捉えていく姿勢なのだと思います。
実際、第一希望の会社で働けることになっても、なかの人間関係が最悪であるケースもあります。
また内定を受けていた会社が、大学卒業直前に倒産したり「内定切り」をしたりするケースもあります。
大事なのはそういうときでも「だからこそいま何が出来るか」を前向きに捉えていく姿勢だと言えるのです。
私の今回の(拙い)講義が3年生の方の今後のキャリア展望のヒントになっていれば幸いです!
(長くなるので続きは明日!)

「大学院受験の対策方法をもっと詳しく知りたい…」
そういうあなたのために、
「本当に知りたかった!社会人が大学院進学をめざす際、知っておくべき25の原則」という小冊子を無料プレゼントしています!
こちらからメルマガをご登録いただけますともれなく無料でプレゼントが届きます。
データ入手後、メルマガを解除いただいても構いませんのでお気軽にお申し込みください。
なお、私ども1対1大学院合格塾は東京大学大学院・早稲田大学大学院・明治大学大学院・北海道大学大学院など有名大学院・難関大学院への合格実績を豊富に持っています。
体験授業を随時実施していますのでまずはお気軽にご相談ください。
(出願書類の書き方や面接対策のやり方のほか、どの大学院を選べばいいのかというご相談にも対応しています!)
お問い合わせはこちらからどうぞ!

























早稲田大学教育学部で特別講義を担当しました。テーマは「地方×手に職起業で夢を広げる!」。リーマンショックや震災、札幌赴任など私のキャリアは外部環境に大きく左右されてきましたが、その変化を前向きに捉え続けたことで独立につながりました。外部環境の変化に対し「だからこそどうするのか」を前向きに捉えていく姿勢、大事ですよ!