キャンプネームと大学院。キャンプも学問も平等性があるから面白い!

summary

キャンプには普段の肩書きや立場をリセットし、平等な関係で関われる魅力があります。その象徴が「キャンプネーム」。特別な名前で呼び合うことで上下関係を超えたつながりが生まれます。大学院のディスカッションも同様で、立場を超えて真理を探求する平等性が重視されます。ぜひ大学院で学問の世界における非日常性を楽しんでみて下さい!

キャンプでは普段と違う自分になれる。

8月も、まもなく終わり。

…といっても、まだまだ暑い日が続いていますね…。

夏といえばキャンプです。

ここ数年はキャンプに行けていないですが、大自然の中で焚き火や調理をする楽しさってめちゃくちゃ大きいです。

なかなか他では味わえません。

キャンプネーム、持っていますか?

さて、あなたは「キャンプネーム」という発想を聞いたことがあるでしょうか?

「キャンプネーム」とはキャンプに参加するときに、普段の名前ではなく特別な名前を名乗るというものです

雑誌などに投稿する際の「ペンネーム」やラジオに投稿する際の「ラジオネーム」のように、ふだんと違う名前を名乗るのがこのキャンプネームの発想です。

例えば「ネコが好きだからキャンプネームはキャットです」と名乗ることがあります。

これ、単なる「陽キャのノリ」でつけているものではありません(多分)。

キャンプの場は非日常。

なので、普段の役職や立場、上下関係といったものをいったんリセットし、全員が平等な立場で関わり合うための工夫でもあるのです。

キャンプネームで呼び合うことでふだんと違う人間関係を築くことが出来ます。

だからこそキャンプという非日常を心ゆくまで楽しむことができるのです。

子どもキャンプ、スタッフの思い出。

私自身、以前ある自然体験系NPOさんのスタッフとして子どもキャンプのアシストをした経験があります。

当時は創業期で全く仕事が軌道に乗っていなかった頃です。

仕事がないため時間に余裕があったことから声掛けをいただきました。

私の役目はキャンプの裏方業務。

キャンプ備品や食材の調達と搬送、体調不良時の緊急対応などを行う立場でした。

小学生たちと大学生スタッフがワイワイキャンプをするのを見守りつつ、準備や片付け・荷物搬送などを行ったのが懐かしいです。

クルマを持っていない私が、なぜかハイエースのレンタカーを運転し小樽のキャンプ場まで運転していました。

これもまた新鮮で面白い体験でした。

そのときに決めることになったのが「キャンプネーム」でした。

スタッフ同士キャンプネームで呼び合っているとつながりが自然と深くなります。

子どもも大人も関係なく特別な名前で呼び合うことで、上下関係や年齢差を超えて一緒に活動する雰囲気がつくられるのを実感しました。

平等性をつくるキャンプネーム

キャンプネームは「普段の自分」を一度脇に置き、まったく新しい関係性を築くための仕掛けです。

役職や社会的立場、あるいは家庭内での役割に縛られず、フラットな関係性を保てるからこそ、子どもも大人も同じ仲間として協力し合える。

そこにキャンプ特有の楽しさがあります。

そんなわけでスタッフをするにあたり、
「藤本さん、キャンプネームは何がいいですか?」
と質問がありました。

私自身、当初は「フジケン」という短縮形で呼ばれることを期待していたのですが、なぜか却下(笑)。

最終的に「マスター」というキャンプネームを名乗ることになりました。

大学生スタッフよりも年齢的に少し年上であったことや、昔バーテンダーを少ししていたことなどから「マスター」というキャンプネーム担ったわけです。

はじめは気恥ずかしさがありましたが、キャンプ中なんども関わるうちに「マスター」というキャンプネームになんとなく馴染みを感じるようになりました。

学問の場にもある「平等性」

この「キャンプネームによる平等性」の発想は、学問の場においても同様です。

大学院では、確かに教授や研究者といった立場の違いがありますが、ディスカッションの場においては「誰もが平等」であることが重視されます。

いくら有名な先生であっても、その研究方法に誤りがあれば院生から指摘されますし(しずらいこともありますが…)、議論の中では立場に関係なく意見を述べることが求められます。

著名な研究者の論文を授業内で論文に批判・批評をすることが求められることもあります。

学問の世界は「真理」を探求する場であるため、誰もが平等の立場から批判・批評することが求められているのです。

学問の世界における平等性は大学院の授業にも求められています。

大学院では、現役の学生と社会人学生が同じゼミに参加することがあります。

社会人で「年齢が上だから偉い」ということは一切なく、同じテーマについて共に考える「研究者仲間」として扱われます。

大学院のディスカッションでは互いに「◯◯さん」と呼び合うことも平等性の現れでしょう。

また、大学の学会になると互いに「○○先生」と呼び合いますが、これも互いを一人の研究者として尊重するための仕組みだといえるでしょう。

ある意味、学問の場での議論も「キャンプネーム」に近い役割を持っています。

普段の職場での肩書きや経験は一度脇に置き、「研究者としての自分」という別のアイデンティティで関わる。

これが大学院の面白さであり、醍醐味でもあるのです。

平等性が生み出す学びの深さ

人間は肩書きや立場があると、無意識のうちにそのフィルターを通して相手を見てしまいます。

ですが、キャンプネームや大学院の議論のように、それを一度リセットすることで、より本質的な対話が可能になります。

キャンプであれば、年齢や職業に関係なく「一緒に火を囲む仲間」として協力し合うことができます。

大学院であれば、「研究のテーマを探究する仲間」として建設的に議論を進めることができます。

この「平等性」があるからこそ、普段では得られない発想や深い学びが生まれるのではないでしょうか?

逆に言えば社会人で大学院に入ったら「勝手に誰かが敬ってくれる」ということは一切ありません。

逆に、社会人として他の大学院生に偉そうにしている人は基本的に嫌われます(笑)

そうではなく、平等な立場で謙虚に学問に向き合うことが重要なのですね。

再び「マスター」として

最近はなにかとバタバタでキャンプに行く機会が減ってしまいましたが、「またキャンプに行ってみたい」という気持ちが湧いてきます。

久しぶりに「マスター」というキャンプネームを胸に、焚き火を囲みながら仲間と過ごすのも楽しそうですね。

…ちなみにですが、マスターには「修士号取得者」という意味もあります。

私自身、いま2つ目の修士号を目指して北大大学院に通っていますので、「マスター」を再度名乗るのもいいかも、と思っています。

(すでに1つ目の大学院で修士号を取っていますので、「マスター」であることに間違いはありません)

ともあれ、キャンプ同様に学問の世界も平等性が求められます。

ぜひあなたも大学院で学問という「非日常」の世界を楽しんでいただけましたら幸いです!

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