母国語で大学院教育が成立するありがたさを、いま改めて考える。日本語で学問できる意義を知ろう!

summary

母国語である日本語で大学院教育を受けられる。これ、実は世界的に見ると非常に恵まれた環境だといえます。再翻訳の必要がなく、日常の思考と学問が直結することで、大学院での学びを実務にも活かしやすいのです。グローバル化の時代こそ、その価値を見直してみてはいかがでしょうか?

母国語で大学院に行けるのは当たり前のことではない!

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社会人の究極のキャリアアップにつながるのが社会人大学院

社会人が大学院に入ると、これまで社会人経験も活かしながら深く知見を学べます。

それだけでなく、学んだ知識を仕事・日常に活かしていくこともできます。

ただ、こういうことが成立する国って世界各国をみると意外と少数派です。

多くの国では日常会話をしている言語と学問の言語が異なることも多いからです。

つまり、「日常生活は〇〇語、大学・大学院では全部英語」などと、ふだん使っている言語と学問で使う言語が全く違うケースも多いのです。

日本では基本的に日常生活で日本語を使い、大学・大学院でも日本語を使っています。

母国語で学問ができるという国になっています。

「母国語で学問ができることって、当たり前じゃないの?」

そう思った方もいるかもしれません。

でも実は、世界的に見ると“母国語で高度な学問を学べる”という環境は決して当たり前ではありません。

今回は母国語で大学院教育が成立することのありがたさを見ていきます。

フィリピンの事例:日常は母語とフィリピン語、学問は英語

モデルケースとしてフィリピンを見てみましょう。

フィリピンは多くの島から構成されており、それぞれに固有の言語があります。

なんと180を超える言語があるというから驚きです。

公用語はフィリピン語と英語。

フィリピン語というのはタガログ語をモデルに作られた人工言語です。

こちらが日常会話はタガログ語が使われていますが、教育の場面では英語が主流です。

小中高校、そして大学での授業の多くは英語で行われており、専門的な学問に触れるには英語のスキルが必須となっています。

多くのフィリピン人は家族や地域社会で使う母語と公用語であるフィリピン語、そして英語の3つを使い分けているといいます。

こういう場合、母語で「お腹すいたな」「今日は雨が降りそうだな」と考えるだけでなく、他者と話す際や学問を学ぶ際にフィリピン語・英語をさらに使うという状況になります。

ということは、日常生活をする言語と学問をする言語が全く違うということを意味します。

その場合、英語で学んできた専門知識を日常生活に落とし込むのには「再翻訳」する手間が必要です。

この点、日本ではふだん日常生活で話している言語でそのまま学問をできる日本はかなり恵まれているということができるのです。

つまり、ふだんの日常生活で感じた疑問や気付きを、そのまま日本語の専門書や講義で解決し活用していくことができるからです。

海外MBA取得の流れが衰退した理由は?

海外で学問を学んでくるのって、なかなか大変です。

しかも、苦労して学んできたことが日本で必ずしも役立つわけではありません。

実際、バブル期には日本からアメリカのMBAスクールに進学し、英語で経営学を学んで戻って来るケースが多くありました。

その場合、英語圏の文化体系を日本での経営実践の場に移すのがなかなか大変だったと聞きます。

海外の事例を持ってきて現場に活かしたけれど、結局は失敗する。
海外の理論をそのまま応用したしたところ、結局上手くいかない。

こういうことも頻発しました。

その結果、「MBAを海外まで取りに行かせても割に合わない」「いうほど海外MBAが役立たない」と思われてしまいました。

バブル後の不況も相まり、アメリカでMBAを取ってくるケースも減少していったのです。

代わりに普及したのが日本の経営系大学院によるMBAコース設置です。

この場合、仕事や日常で使っている日本語で専門の経営知識を身につけることができます。

いちいち再翻訳する必要がありません。

こちらについては日本社会にもじわじわ定着しつつあることを考えますと、「日常言語である日本語で大学院教育を受けられる」利点も高いように思うのです。

母国語での抽象思考を可能にした明治知識人たちの努力

私たちがいま「日本語で学べること」が当たり前になっています。

これ、先人たちの努力のおかげです。

たとえば、明治時代の西周(にし あまね)や福澤諭吉のような思想家は西洋の学問用語を日本語に翻訳するために相当努力しました。

「愛」「社会」「個人」「自由」「近代」など、今や私たちが当たり前に使っている言葉も当時の知識人が苦労して翻訳して作った概念です。

これらの翻訳語のおかげで、日本語の中で抽象的な議論や学問が可能になったのです。

(なお、これは戦前の日本が近代化に成功して「大国」の一員になれたこともその要因でもあります。
 植民地になっていたら日本語で高等教育を受ける体制は崩れていたはずです

この翻訳語、けっこうよくできていて、漢字圏である中国に逆輸入された言葉も多くあります。

なにしろ「中華人民共和国」という言葉の内、「人民」と「共和国」は日本生まれの言葉であることからもわかります。

ちなみに、東京大学(帝国大学)ではかつて英語やドイツ語、フランス語で授業を行っていました。

学生はその前提として語学力を高めなければなりませんでした。

そんななか「日本語で高等教育を受けられる」ことを掲げて創設されたのが、今の早稲田大学の前身である東京専門学校。

日本語で学問ができることの価値は、実は近代日本の教育史の中でも重要な意義をもっていたのです。

(そんな早稲田大学ですが、「すべて英語で学問ができる」ことをウリにした国際教養学部を2004年にスタートさせました。
 本来の早稲田の精神はどこへ…?)

言葉の壁が示す、もう一つの課題

ただ、日本語で学べることにはもう一つ別の課題も存在しています。

それは翻訳語と本来の言葉のニュアンスがズレることです。

たとえば「power(パワー)」という英語を見てみましょう。

powerは日常で使われる言語ですが、政治学や社会学では「権力」と訳されています。

パワーと権力。

こう見ていると同じ言葉のはずなのに違うニュアンスが感じられませんか?

英語圏では日常語として気軽に使われている言葉が、日本語では堅苦しい言葉に変換されてしまうことも多いのです。

さらにいえば、こういう堅苦しい言葉・翻訳語やカタカナ語が「なにかよくわからないけれど ありがたいもの」として捉えられてしまいます。

柳父章(やなぶ・あきら)さんはこれを「カセット効果」と言っています。

意味がわからないままで、なにか素晴らしいものが入っているかのように受容される効果、のことを言います。

(カセットはフランス語で宝石箱を意味します)

この柳父さんの用語を引き、教育社会学者の苅谷剛彦(かりや・たけひこ)さんはこう述べています。

「「学生が卒論や修論などで自分の研究で使う用語の中には、このカセット効果をまとった「ありがたい」言葉、「難しい」用語がちりばめられていることがしばしばあります。

はたしてそれらの言葉をどれだけ、そしてどのように理解して使っているのか、疑問に思うような場合も少なくありません」
(苅谷剛彦,2025,『日本人の思考』ちくま新書, Kindle版No.746-No.752/2876)

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例えば、ビジネスの世界では他社とは違う強みを見つけることが求められています。

強みを活かすためムダなサービスを削ぎ落として商品開発をする事が多くあります。

例えば「1,000円カット」で一世を風靡した「QBハウス」はお客さんにとってムダなサービスを切り捨てて「10分1,000円」という低価格・短時間サービスを実現しました。

こういうムダを省くことを「ノンフリル」といいますが、「QBハウスの成功はノンフリルを実現したからだ」とまとめてしまうとなんだか「わかったつもり」「ありがたい概念でまとめてある」ように感じてしまいます。

このように、翻訳語と本来の言語のニュアンスのズレがさらに「なにかよくわからないけど ありがたいもの」と捉えられてしまう問題点があるのです。

誤訳とも言える訳

なかには翻訳自体に失敗している事例もあります。

労働法学の用語で「黄犬契約(おうけん・けいやく)」という言葉があります。

これは労働者が労働組合に加入しないことや、組合から脱退することを雇用条件とする契約のことを言います。

これ、もともと英語でyellow dog(イエロードッグ)は「卑怯者」を意味するのですが、それをそのまま日本語に訳してしまったのです。

この翻訳語が日本語にそのまま定着してしまった結果、意味が分かりづらい専門用語になってしまっているのです。

ビジネスパーソンこそ、母語で学べる価値を知るべき!

それでもやはり、私たちが日本語で学問を続けられるということは、大きな強みだと言えるでしょう。

なぜなら、ビジネスの現場で日常的に使っている言語と、学問の言語が一致しているからです

たとえば社会人が日本語でMBAを学ぶことは、日常業務での思考と、学問的な分析・理論的な思考が自然につながるという利点を持っています。

英語で海外MBAを取得し、それを日本語で実務に活かすという「再翻訳」が不要になるのです。

こうした環境を持つ国は、実は世界的に見てもそう多くはありません。

自国語で学問を構築し、専門知識を広められる言語体系を持っている国は、ごく一部なのです。

いまこそ日本語で大学院に行ける価値を見直そう!

英語がグローバルスタンダードとして広がる中で、「英語で学ぶこと」ばかりが重要視されがちです。

もちろん、英語力はこれからの時代を生き抜くうえで大切なスキルです。

ですが、日常のビジネスを日本語で大部分行っているビジネスパーソンも多いことを考えますと、「母国語である日本語で思考し、日本語で大学院教育を受けられる」価値を見直すことも、私たちにとって必要な姿勢ではないでしょうか。

せっかく日本語を母語としている以上、日本語で深く学べる環境にあることの価値を考えてみていただけましたら幸いです。

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