不可能性に挑戦する!それが職業人としての美学である! 

Summary

研修って、たかだか数時間。そのなかでビジネススキルをお伝えするのって本来「不可能」です。でも、だからこそ研修講師にはやりがいがあります。
その意味で「不可能性への挑戦」こそ研修講師だけでなく職業人に求められる姿勢なのだと思うのです(0.1秒の短縮の取り組む短距離走選手と同じですね)

団体職員研修「能力開発研修」、2日間にわたって実施しました!

先日は団体職員さん対象の
「能力開発研修」において講師を務めました。

2日間に渡り、
コミュニケーション技法や
ディスカッション技法や
ライティングの基礎、
クレーム対応研修をトータルに行うという研修です。

(過去研修より)

私の研修レパートリーを
あれこれ組み合わせての研修。

おかげさまで
「クレーム対応のイメージが変わりました!」
などと言っていただける機会となりました!

2日間の研修はけっこう体力を使いますが
喜んでもらって光栄です!

(2日とも、研修後に講義や大学院の授業履修があり、
 充実した2日間となりました)

研修とは不可能性へのチャレンジ。


さて、以前から思っていたんですけど、
研修って「不可能性へのチャレンジ」だと思うのです。

実は研修による効果って
その人の職業スキルの「1割」だそうです。


次の引用文を見てみてください。


読者の読者の皆さんは、7:2:1 の法則をご存じでしょうか。

経営コンサルタントであるマイケル・ロンバルドと
ロバート・アイチンガーの研究によると、
ビジネスにおいて人は7割を仕事上の経験から、
2割を上司や先輩のアドバイスやフィードバックから、
残りの1割を研修やセミナーなどのトレーニングから
学ぶといわれています。

つまり、経験から実に多くのことを学んでいるのです。

実際、経験を積むことにより、少しずつ自分にも自信がつき、
できることや仕事の範囲がどんどんと広がっていきます。

従って、「7割を仕事上の経験から学ぶ」という指摘は、
皆さんも同感できるのではないでしょうか。

(新岡優子ほか, 2023,
 『ChatGPTで経営支援 強い組織の築き方』日経BP,
  Kindle版 299ページ/545ページ)

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研修による効果は
その人の職業スキルの「1割」。

私がはじめてこのことを知った際は

「研修の意味って少なすぎる!!!」

と研修講師として焦りました。

…ですが、あとあと冷静に考えて

「1割も効果があるならそれでいいのでは」

と思うようになったのです。

つまり、

「たった数時間の研修なのに効果が1割もある!」

ことの意味を改めて考えたほうがいい、と思ったのです。

たとえば「ビジネススキル研修」でしたら
挨拶・名刺交換・ビジネスマナーなど
数多いビジネススキルを

たった数時間(2〜8時間)で
学んで身につけることが
求められます。


こういうビジネススキル、
数時間で学ぶなんてそもそも「不可能」なわけです。


それでも、私のような研修講師は
少しでも身に着けられるように
伝え方を工夫したり、
効果的なワークや演習の仕方を
日々考察したりしているわけです。

(そうでない人もいますが…)


いうならば、
研修のもつ「不可能性」に挑んでいるわけです。

だからこそ、たった数時間の研修でも
「1割」もの影響を与えられるわけですね。

この不可能性に挑む姿こそ
「美学」なのではないかと思います。

言ってしまえば100m走に情熱を燃やす
アスリートのようなものです。

アスリートの世界では
何年真剣に練習を重ねても
100m走ですと「0.1秒」速められるかどうか、

という世界になります。

日常生活において
足が速いと何かと便利ですが

(地下鉄で電車が到着したとき
 足が速いとサッと乗れると役立ちます)

それでも0.1秒の差なんて
まったく影響がでません。


(0.1秒速く走れてもあまり日常では役立ちません)

にもかかわらず、
そこに挑戦をしているわけです。

この不可能性に挑むからこそ
美学が生まれるように思います。

アスリートとまったく文脈は違いますが、
研修講師をしていても
この不可能性を痛感するのです。



そもそも、教育も「不可能性」との戦いである。

というか、このこと、
高校教員時代から
ずっと思っていました。

人生で必要な知識・スキルを、
義務教育9年や
高校での3年、
大学での4年ですべて伝えることなんて
そもそも不可能なわけです。

でも、そこに果敢にチャレンジするからこそ
美学があるわけですね。

…この挑戦を放棄して
「なんとなく授業していればいいや」
「研修をなんとなく終わらせればいいや」
と思っていると、

受講する側にもマイナスな印象が
広まってしまうのです。


不可能性に挑戦する。

それが職業人としての仕事の本質なのです。




今回のポイント


不可能性に挑戦する。
そのなかに職業人としての美学がある!

「完璧な文章」なんてない。

これは私が行っている文章指導や文章添削にも
当てはまります。

よく誤解している人がいますが、
「完璧な文章」というものは
どこかに存在しているわけではありません。

(その点、数学ですと
 シンプルに本質を示せますし
 「完璧」な表現が見つかるのが
 いいな、と思います。

 3²+4²=5²なんてこれ以上にシンプルに表現できないからこそ
 かっこいいな、と思います)


完璧な文章なんてないからこそ、
そこに少しでも近づくために
努力をしているのです。

(よく「文例集」などが販売されていますが、
 あれ、私が見ると思わず添削したくなるものが
 いくつもあります。

 誰もが納得する完璧な文章はそもそも存在しない、
 と考えるほうが良いです)

不可能性への挑戦こそAIにできないこと。

人間である以上、
完璧というものは存在しません。

でも、そこに挑戦するところに
職業人としての美学があるように思うのです。

(AIだとこういうものはないですよね)



なので私も
研修講師の端くれとして
今後も努力していきたい、と思っています!


(そして1割を2割や3割にしたいですね!

ではまた!


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