「いま話題の本」ばかりだと食傷気味に…!大学・大学院では「古典」を読むべき理由。




 

今回のポイント
「すぐ役立つ本」「話題の本」ばかり読んでいると
気持ちが落ち込む。
「古典」を読んで視野を広げよう!

 

「いま話題の本」ばかり読んでいると、なんだか疲れません?

 

「いま話題になっているから
この本、読んでおかないと…!」

 

「いま話題となっている本」を
仕事のために読んでおかなければならないことって
ないでしょうか?

 

 

私も大学院進学のアドバイスや
読書会・動画撮影のために
日夜「いま話題の本」を読み込んでいます。

 

 

 

 

これ、1冊や2冊ならいいんですけど、
5冊くらいを一気に読まないといけないときは
けっこう「苦痛」になります。

 

 

特に「自己啓発書」や「ノウハウ本」だと
この傾向は強まりますね。

 

1冊いっさつはいい本なのですけど、
なんだかどの本も同じようなことを言っていたり、

「この内容も、
すぐ古くなるんだろうな…」

と思うとなんだか
やりきれない気持ちになったりしてしまいます。

 

 

あなたもこういうこと、
ないでしょうか?

 

仕事のために「いま話題の本」を読んだり、
いま流行っているだけの理由で
「いま話題の動画」を観たり。

 

別に1つひとつは楽しいし面白いところもありますが、
似たようなものを大量に目にしていると
なんだか「食傷」気味になるのです。

 

 

流行本に疲れたら「古典」を読む!

 

そんなとき、オススメなことがあります。

 

 

それは
「古典」を読むこと、です。

 

「古典」と言っても
別に「古文」を読むわけではありません。

 

100年以上も昔に書かれた本で、
いまだに読みつがれている本を
読んでみたほうがいいのです。

 

 

J.S.ミル『大学教育について』を読む

 

いま、私はJ.S.ミル
『大学教育について』を
読んでいます。

 

 

発行されたのが1867年と
明治初年にあたります。

『自由論』などで有名な研究者であるJ.S.ミルが
セント・アンドルーズ大学名誉学長就任時の
講演を記録したものが『大学教育について』です。

(写真はwikiより)

 

〈人間にとって勉強することに
どんな意義があるか〉

〈大学教育の目的はなにか〉

 

こういったテーマについて
ミルが明快に意見を述べていきます。

 

 

 

これ、読んでみると面白いですね〜!

 

 

いま立場上「大学教育」「大学院教育」についても
考える機会が多いのですが、
さいきん書かれた本ばかりをみていると

「そもそも大学教育は何を目的とするべきか」

などの根本的問いが見えなくなってしまうのです。

 

 

その点、ミルの『大学教育について』は実に明快です。

 

ちょっと引用してみましょう↓

 

「大学は職業教育の場では
ありません。
大学は、生計を得るためのある特定の手段に
人々を適応させるのに
必要な知識を教えることを目的とはしていないのです。

大学の目的は、
熟練した法律家、医師、または技術者を養成することではなく、
有能で教養ある人間を育成することにあります」
(ミル,『大学教育について』岩波文庫 2013 竹内一誠訳
Kindle版No.87/2575)

 

大学の目的は
「有能で教養ある人間を育成することにある」という指摘。

 

ある意味「当たり前」に見えるかもしれない一文ですが、
「大学でどのような教育を行うか」
「大学で何を学ぶべきか」を考える上で
たいへん役立つように思うのです。

 

 

先程の内容の「前提」として次のものがあります。

 

「人間は、弁護士、医師、商人、製造業者である以前に、
何よりも人間なのです。

有能で賢明な人間に育て上げれば、
後は自分自身の力で有能で賢明な
弁護士や医師になることでしょう。

専門職に就こうとする人々が大学から
学び取るべきものは専門的知識そのものではなく、
その正しい利用法を指示し、
専門分野の技術的知識に光を当てて
正しい方向に導く一般教養の光名を
もたらす類のものです」
(Kindle版No.97-106/2575)

 

大学の目的はなにか?

 

ミルがここで述べる「大学」は
現在の「大学」とはちょっと違います。

 

この当時、大学には
それこそお金がある家・エリート層しか
進学することはできませんでした。

 

大学への進学率が数%もない頃です。

 

 

そういう時代であることは差し引いても、
ここでは「大学の目的はなにか」ということが
明快に書かれています。

 

 

それは単に「仕事に就くための勉強」だけではなく、
「人間として生きていく上での教養」を学ぶことが
重要である、と指摘されています。

 

 

これ、ミルが生きていたとき以上に、
いま社会において重要な指摘なのではないかと思います。

 

 

大学の勉強だけでは「逃げ切れない」時代。

 

 

ミルの頃は大学で学ぶだけで
「逃げ切る」ことができました。

 

 

学問の発展がいまほど早くはないので、
一度大学で学んだ知識だけで
一生困らなかったわけです。

 

…ところが、現在だと
大学で学んだことはすぐ古くなります。

 

特に「技術系」の内容は
あっという間に古びてしまいます。

 

 

だからこそ、大学では
「すぐ役立つ」こと以上に
卒業後も自分で学んでいくのに必要な
「一般教養」を学ぶことに意味があるのですね。

 

 

例えば、テレビではコロナについて報道が
毎日行われていますけど、

「ウイルス」と「細菌」の違いを知らないでいては
こういった報道は正直なところ
何を言っているか、わかりません。

 

 

こういう基礎的な部分・一般教養とも言える部分の理解があれば
社会に出てからも自分で
学びを深めていくことが可能であると
思うのです。

 

 

今回のポイント

 

 

今回のポイントです。

 

 

「すぐ役立つ本」「話題の本」ばかり読んでいると
気持ちが落ち込む。
「古典」を読んで視野を広げよう! 

 

「いま流行っている本」はすぐ賞味期限が切れる…。

 

 

いま流行っている本を読むのもいいんですけど、
こういう本ってすぐ
「賞味期限」が切れてしまいます。

 

 

その点、古典というのは
十分「古く」なっているからこそ、
今よりも古くはならないのです。

 

 

大学・大学院では「古典」を読むべき理由。

 

 

 

それに「いま話題の本」については
正直読んでいなくても誰かに聞けば教えてもらえますが、

「古典」を読んでいない場合、
専門家からはバカにされることも多いです。

 

 

大学や大学院での学習も、
「いま話題の本」を読むよりも
「古典」を読んでいたほうが
議論についていけますし、

教授・仲間からも一目を置いてもらえるように
なるものです。

 

 

「恥ずかしくて言えないようなこと」を古典は大真面目に論じている。

 

「大学は、すべての知識を
人生を価値あるものにする
主要な手段として与えねばなりません。

すなわち、われわれ各人が人類のために
実際に役立つ人間になることと、
人類そのものの品性を高める、
つまり人間性を高貴にすることという
二重の目的を達成するために与えねば
なりません。(…)

今までにも、多くの学生たちは、
一教授の強い影響を受けて、
卑俗で利己的な目的を軽蔑し、
この世界を自分が生まれたときよりも
少しでも良いものにしてこの世を去りたいという
高貴な大望を抱くようになり、
そしてそのような気持を生涯持ち続けたのであります」
(Kindle版No.1137-1142/2575)

「大学は、人類が蓄積してきた思想の宝庫を、
事情の許す限り次の世代へと
最大限に開放するという目的のために存在しているのです」
(Kindle版No.1147-1142/2575)

 

 

ミルのこの「古典」のいいところは、
現代だと「恥ずかしくてもう言えないような内容」を
大真面目に論じている点です(ミルに失礼…)。

 

 

 

古典って、こういう
「いまなら恥ずかしくて言えないようなこと」が
たくさん出てくる点もいいところですね!

 

 

いまから150年近く前の
本ですが、
だからこそ「本質」的な内容が書かれていて
たいへん役立つのです。

 

 

 

なので、「いま話題の本」「流行っている本」に
食傷気味なときは
「古典」を読んでみることをオススメします!

 

(岩波文庫に入っているような本だと
周囲からのウケもいいですね!)

 

☆『大学教育について』の詳細とお求めはこちら↓

ではまた!


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