意外と未来は予測可能である!
なりたい未来を妄想し、
カタチにするため今できることを淡々と行う!
目次
1999年の「予言」番組を観ての衝撃。
この前、YouTubeを観ていて
「衝撃」を受けました。
それは1999年に放映されていた
情報バラエティ番組です。
テレビ番組のアップなので
厳密に言うと問題がある動画なのですが、
観ていて「衝撃」があったのです。
出演しているオセロのお二人が
めっちゃ若いのも「衝撃」でしたが(笑)、
扱われている内容自体が
すごいのですね。
番組内ではiモード全盛期の1999年、
「これからケータイはどう進化するか?」
をテーマに専門家が議論しているシーンが映っていました。
思えばこのときって、
ケータイは「二つ折り」になる「前」だったのですね。
「ガラケー」なんて言葉もない時代。
画面にはいまは無きIDO(イドー 現KDDI)のケータイや
J-Phone(現ソフトバンクのケータイが出ていました。
「ケータイ初の4和音で
驚くほどクリアな音になりました!」
番組ではそう言っているんですけど、
どう聞いてもチャチい音にしか聴こえないなど、
現在の技術の進歩のすごさにも「衝撃」がありました。
未来予測がほぼ当たっている!!!
ただ、私がもっとも「衝撃」を受けたのは
専門家の行う「未来予測」が
だいたい当たっていたこと、です。
20年前の「未来のケータイ」イメージに
「国際ローミングがある」
「ケータイで買い物ができる」
などが出ていましたが、
現時点で
どれも実現しています。
これがすごいです。
なお、国際ローミングとは
海外に行った際、自動でその国のケータイ会社に
接続先が切り替わる機能のことです。
(意外とこれがクセモノで、
何も考えずに海外で国際ローミングを使うと
のちのち高額の請求が来て
ビビることがあります 笑)
「ケータイで買い物が出来る」のも、
1999年当時には
「そんな機能、実現するわけないし
あったところで何が便利なの?」
という思いを持っていた人もいたと思いますが、
見事に実現していますね。
しかもQRコード決済などと
より手軽な手法になっていますし。
他に、観客席にいた人がフリップで出していた
「私が考える未来のケータイイメージ」の中に、
「ケータイで写真が撮れる」
「ケータイで相手の居場所が分かる」
というものも書かれていました。
会場の雰囲気的に
「なったら面白いけど、
出来ないんじゃないの」
という空気感でしたが、
これも見事に実現しています。
…結果的に、当時行われた
未来のケータイ(現 スマホ)の「予言」が
だいたい当たっているのを見て鳥肌が立ったのです。
特に、専門家でもなんでもない
観客席にいた人の回答すらも
実現してしまっていることに
驚きを隠せなかったのですね。
今回のポイント
今回のポイントです。
なりたい未来を妄想し、
カタチにするため今できることを淡々と行う!
VUCAな時代でも…
今の時代、
「一寸先は闇」と言われています。
これから先がどうなるか、
正直良くわからない時代です。
コロナの状況を見ても、
ホントよく分かりません。
そんな意味から
現代は「VUCA(ブーカ)」の時代と
呼ばれています。
つまり、
Volatility(変動性)・
Uncertainty(不確実性)・
Complexity(複雑性)・
Ambiguity(曖昧性)な、
先の見えない時代と言えるのです。
(それぞれの頭文字を取っています)
こういうふうに先が見えないと
「先のことを考えても無意味」と
考えがちです。
ですけど。
考えてみると冒頭であげた番組が流れた
1999年当時も
十分VUCAだったと言えるでしょう。
その2年前の1997年には
山一證券や拓銀が破綻していますし、
2年後の2001年には
9.11テロが起きています。
十分VUCAだと
言えなくはないように思います。
…ということは、
VUCAな時代でも、
予測について当たるときはひたすら当たるものがある、
と言えるでしょう。
これはある意味チャンスとも言えます。
つまり、自分にとって
「こうあってほしい」未来があるなら、
それを考えて取り組むことで
自分にとっての変化を引き起こすことも
可能かもしれないからです。
先の見えないときこそ、「こうあってほしい未来」を妄想する!
「先のことを考えても
どうせなんにもならない」
変化の激しい時代には
ついそう考えてしまいがちですが、
「こうなったらいいだろうな」
という自分にとっての理想の未来を想像していくのも
大事なのですね。
ヤフーCSOの安宅さんは
著書『シン・ニホン』のなかで
現代のことを
「妄想し、カタチにする」ことが
富に直結する時代だ」
と書いています。
(安宅和人『シン・ニホン』Kindle版No.659/6060)
この「妄想し、カタチにする」のは
別に社会のことだけでなく
自分自身の未来でもいいわけです。
つまり、自分自身の理想の未来を「妄想」し、
それをカタチにしていく方法を探ればいい、
ということですね。
大事なのは「妄想」が先、
ということです。
1999年の時点で
「カメラ付き携帯電話」も
「買い物できるケータイ」も
「妄想」に過ぎなかったわけですが、
「妄想」するからこそカタチになったわけですね。
「妄想」でいいから未来を描く!
だからこそ、
「自分は今後どうしたいか」
という未来を「妄想」でいいから
考えてみることが必要ですね!
自分がやってみたいこと・夢を
まずノートに書き出してみて、
「これをカタチにするには何が必要か」
を一度考えて見るだけで
発想が変わってくるかも知れませんよ!
思うんですけど、
未来って「勝手にこうなる」というよりは
「こうあってほしいから
いま何かを取り組む」
努力をすることで実現に近づいていくのだと思います。
だからこそ、
「こうあってほしい未来」を「妄想」し、
「それをカタチにするにはどうするか?」
を考えて取り組んでみる。
これを大事にしていきたいですね!
ではまた!
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