ドラッカー『イノベーターの条件』Part1 1章〜2章読書会レジュメ

本書は『はじめて読むドラッカー』シリーズ
三部作の3冊目です。

「自己実現編」
「マネジメント編」
「社会編」と続く「社会編」が本書です。

ドラッカーは「社会生態学者」を
自称していました。

社会を全体として捉える発想です。

読書会の中で
ドラッカーの理論を学び、
これからの「社会」のあり方について、
一緒に学んでいければ幸いです!

 

ドラッカー『イノベーターの条件』読書会vol.1

2019年7月19日(金)13:00-15:00
@札幌駅前 作文教室ゆう
☆お申込み・詳細はFBイベントまたはこちらからどうぞ!

【範囲】
Part1 1章〜2章(3-43ページ)

☆は藤本のコメントです。

Part 1 激動の転換点にある社会

 

「明日の社会をかたちづくりつつある時代の流れを描写し、
分析する」(270頁 編訳者あとがき)

今回の「一言まとめ」:
「これからの社会」(ニューソサイエティ)を知るため、
「これまでの社会」、特に「全体主義社会」についてを
知ること!

1章 社会の存在を当然としてはならない(3-11)

出典:『産業人の未来 改革の原理としての保守主義』(1942)
「第2章 機能する社会とは何か」

▼「社会」とは何か(3-)

・人は「社会的存在」として生きるために
機能する社会を必要とする」(3)

・「パニックは社会の崩壊によって
もたらされる。
パニックを克服するには、価値、規律、権力、組織を
備えた社会を回復させるしかない」(3)

☆「社会」とは何かという問いは
社会学のメインテーマである。

・社会とは何かを定義することは難しい。
でも「機能の面から社会を理解することはできる」(4)

・「社会は、一人ひとりの人間に
「位置づけ」と「役割」を与え、
そこにある権力が「正統性」をもつとき、
はじめて機能する」(4)

・「一人ひとりの人間が社会的な位置づけと
役割を与えられなければ、
社会は成立しえず、
大量の分子が目的も目標もなく
飛び回るだけとなる」(4)

・「他方、権力に正統性がなければ、
絆としての社会はありえない。
奴隷制あるいは単に
惰性の支配する真空があるだけとなる」(4)

☆ドラッカーは社会を
〈人格を持つ個人が絆を持って関わり合う場〉
として考えているようだ

▼位置づけと役割の重要性(5)

・「一人ひとりの人間の社会的な位置づけと役割は、
個人と集団の関係にほかならない」(5)

・「個人にとって、社会的な位置づけと役割がなければ、
社会は存在しないも同然である。
社会は、その目的、目標、理念、理想が、
個人のそれと関連して意味をもつとき、
初めて意味のあるものとなる」(5)

・「一人ひとりの人間が社会的な位置づけと役割をもつことは、
その個人にとって重要なだけでなく、
社会にとっても重要である。
彼ら一人ひとりの目的、目標、行動、動機が
社会のそれと調和しないかぎり、
社会は彼らを理解することも自らの一員と
することもできない」(5-6)

☆個人と社会との関わり方

・「人間の本質についての理念が、
社会としての目的を定める」(6)

→「個々の人間に対して社会的な位置づけと
役割を与えるかぎり、
社会として機能することができる」(6)

▼権力の正統性の基盤(6)

・「権力の正統性もまた、
個々の人間の社会的な位置づけと役割の基盤である
人間の本質とその存在目的に関わる理念によって規定される」(6)

→「正統な権力とは、
社会の基本的なエートスによって正統化される支配権と
定義することができる」(6-7)

→「ある社会が」「機能できるのは、
われわれが支配権と呼ぶ決定的な権力が、
自由、平等あるいは聖性を標榜し、
諸々の制度がそれらの理想を実現するために
機能している間だけである」(7)

☆「正統性」を誰が担保できるか、を
ドラッカーは考えている。

・社会的な権力(実質的)と法的な権力(形式的)は違う。
「決定的な権力とは、社会的な権力であり、
政府の権力とは法的な権力である」(8)

・「権力の正当性を構成する要素は、
社会とその政治理念によって異なる」(9)

▼正統ならざる権力(9)

・「正統ならざる権力とは、
社会の基本理念にもとづかない権力である」(9)

・「正統ならざる権力には限界がない」(9)

・「正統性なき支配者は、
よい支配者ともすぐれた支配者ともなることができない。
正統ならざる権力は必ず腐敗する。
なぜなら、それは単なる権勢にすぎず、
権威とはなりえないからである」(10)

☆ナチスドイツが存在する状況で分析しているところに
凄みを感じる

▼相対主義と絶対主義の間違い(10)

・ここまでのところで明らかになったこと:
「社会は、その成員に対し位置づけと役割を与え、
かつそこにおける権力に正統性がないかぎり機能しない」(10)

・社会の効率性を考えても
「何を目的とし、何を犠牲にするかを考えないかぎり、
効率には意味がない。
社会は機能しさえすればよいとする相対主義は、
私のもっとも忌み嫌うところである」(10)

→「しかし、効率を一顧だにせず、
理念や信条しか考えない絶対主義も間違いである」(10)

・「今日の誤りは、
秩序なき大衆への賛美である。
無秩序の大衆は社会の解体の結果にすぎず、
腐敗物にすぎない」(11)

・「大衆にとって社会は、
そこに自らの位置づけと役割がなければ、
不合理で理解不能な魔物以外の何ものでもない。
さらに、そこにおける権力に正統性がなければ、
専制、専横以外の何ものでもない」(11)

・大衆は「専横の独裁者にさえ身を投げ出す。
社会をもたない大衆は失うものがない」
→しかも「抵抗すべき組織的基盤をもたない」(11)

2章 経済至上主義は人を幸せにするか(13-43)

出典:『経済人の終わり 全体主義はなぜ生まれたか』(1939)
「第2章 大衆の絶望」
「第3章 魔物たちの再来」
「第5章 全体主義の奇跡 ドイツとイタリア」
「第6章 ファシズムの脱経済社会」
「第7章 奇跡か蜃気楼か」

☆基本的には「マルクス主義批判」の章です

▼マルクス主義の失敗(13)

・「マルクス主義の失敗は経済の失敗ではない」(13)

→「マルクス主義が教義としての力を失ったのは、
階級のない社会を実現できず、
それどころか自由のない硬直な階級を必然的にもたらさざるを
えないからだった」(13)

☆ソ連についても冷静に分析している

▼プロレタリア自身に対する独裁(14)

・「こうしてマルクス主義は、
真の自由を確立するどころか、
農奴が受益者として宣言されただけの
完全な封建社会を生み出した」(14)

・「マルクス主義は、ロシアにおいて
真に自由な社会主義実現の日を
「無期延期」したとき、
その革命が失敗したことを結果として認めることになった」(14)

→「したがって、プロレタリアート独裁とは、
自由にも平等にもなれなかった
プロレタリア自身に対する独裁しかありえない」(15)

▼実現できなかった資本主義の約束(15)

・「資本主義が経済体制として失敗したとの説は、
無知から出たもの以外の何ものでもない」(15)

→「資本主義は、より多くの製品を、
より安い価格で、しかもより短い労働時間で
供給するための経済体制として、
失敗したどころかもっとも大胆な夢をも超えて
成功した」(15)

→私的な利益の追求が資本主義を成功させた。
「利益は、いかなる社会秩序のもとでも、
常に個人の動機の一つだった」(16)

・「資本主義は、経済の領域に独立性と自立性を与える」(16)

・しかし貧しいものには不安定をもたらした

→「経済的な自由は、
一人ひとりの人間に経済的な不安定をもたらし、
経済的な利益をもたらさなかった。
それは、親から譲り受けた小さな土地、
市場を守ってくれる関税、
ギルドの最低賃金を奪った。
あとは技能と才覚次第ということになった」(17)

→「経済的な自由による平等を実化できなかったために」
「資本主義は」「社会制度としての信用を失った」(17)

▼破綻した「経済人」の概念(18)

・資本主義は階級闘争をもたらすため
「偽りの神」であることが明らかになった。
同様に、社会主義も階級をなくせなかったため
「偽りの神」であることが明らかになった。

・「経済的な自由が、
自動的にあるいは弁証法的に
自由と平等をもたらすわけではないことが
明らかになったために、
資本主義と社会主義の双方の基盤となっていた
人間の本性についての概念、
すなわち「経済人」の概念が崩れた」(18)

→「経済人とは、
常に経済的な利益に従って行動するだけでなく、
常にそのための方法を知っているという
概念上のモデルである」(19)

☆経済人モデルってけっこう無理があるモデルなんですよね

▼経済学の成立(19)

・「経済人の概念が、人間の本性を表すものとして
受け入れられるや、
ただちに経済学の発展が可能となったばかりでなく、
必然となり不可欠となった」(19)

・「マルクス主義が自由と平等を実現できないことが
明らかになったとき、
経済人の社会の崩壊は避けられなくなった」(20)

→「経済人の概念を」「正統なものとする唯一の根拠は、
自由と平等を実現するという約束だった」(20)

▼自由と平等の追求(20)

・「自由と平等は、ヨーロッパの2つの基本概念である」(20)

・「マルクス主義は、資本主義と同じように、
真の自由の実現を社会の最終目的とした」(21)

→「しかし社会主義の約束は、
個人は意思の自由をもたず、
それぞれの階級の論理に従わざるをえないとする
経済法則の自律性、すなわち個人の自由の欠落に
依拠していた」(21)

・「自由を従属的な位置に置くことによって、
マルクス主義は宗教的な力を手にした」(22)

→「マルクス主義のドグマ性と硬直性は、
この自由の従属化に原因がある」(22)

▼合理の喪失(22)

・「信条としてのマルクス主義の崩壊とともに、
経済の領域の独立性と自律性に基盤を置く
経済人の社会が意味を失い、
合理を失った」(23)

・「経済人に代わる新しい概念が
何一つ用意されていないことが、
現代の特徴である」(23)

☆これは今の時代でもそうである

・「経済人の概念の崩壊によって、
一人ひとりの人間は秩序を奪われ、
世界は合理性を奪われた。
もはや誰も、
自らが住む世界との間に合理的な関係をもつ存在として、
自らを理解することも、
説明することもできない」(23)

→「社会は、共通の目的によって結びついた
コミュニティではなくなり、
目的のない孤立した分子からなる混沌とした群衆となった」(23)

▼魔物たちの再来 第一次世界大戦と大恐慌(24)

・「資本主義の崩壊は、
あの世界大戦と大恐慌を通じて、
人間一人ひとりの実体験となった」(24)

→「あの大戦において、
人間は突然、理性によっては理解できない
魔物の支配する世界のなかで、
力も助けもない分子と化した。
その結果、人間は自由かつ平等であって、
その運命は主として自らの価値と努力によって定まるとする
社会の概念が幻想であることが明らかとなった」(24)

☆アノミー化

▼奇跡への信仰(24)

・「自由と合理の社会を破壊する魔物」(25)が
社会の中に溢れている。
魔物を退治することが要請されている

・「もしここで新たな大恐慌の危険が生ずるならば、
ヨーロッパ中のあらゆる国が、
魔物を退治し、その猛威を緩和するためとして、
たとえそれが経済発展を妨げ、
経済後退を必然とし、
貧窮を長期化させようとも、いかなる措置でもとるに
違いない」(26)

▼経済的な自由は平等をもたらさない(26)

・「これまで民主主義が目的とし
手段としてきたものも、
魔物退治という新しい課題の前には
影が薄い」(26)

・「もはや民主主義の実態の凋落は、
制度的な公式では救えない」(27)

→「経済的な自由は平等をもたらさないことが明らかになった」(27)

・「失業の脅威、恐慌の恐怖、経済的な犠牲を
遠ざけてくれるのであれば、
まさに経済的な自由の放棄のほうが受け入れられ、
さらには歓迎される」

☆だからこそヒトラーの全体主義が
国民に待望されたのだろう。
「魔物退治」を求められたのだ。

☆私自身の持論でもありますが、
「資本主義に徳はない」という立場です
(『資本主義に徳はあるか』より)。
だからこそ、資本主義を使う「人間」の姿勢が必要なのだと
考えています。

▼自由の放棄による絶望からの解放(27)

・「大衆は、世界に合理をもたらすことを約束してくれるのであれば、
自由の放棄もやむを得ないと覚悟した」(27

・「自由が魔物の脅威を招くのであれば、
自由の放棄によって絶望からの解放を求める」(28)

▼ファシズムの出現(28)

・「大衆にとって、経済体制の実体が
耐え難いものになればなるほど、
外側の形態を維持することが必要となる」(29)

→「ファシズム全体主義の本質は、この矛盾にある。
ファシズムは、まさにわれわれの生きる時代の
根源的な事実に根ざしている。
すなわち新たな信条と秩序の欠如である」(29)

・「実体を破壊しつつ、
形態を維持せざるをえない
ファシズムにおいては、
伝統的な決まりごとの保存が不可欠である」(30)

→「ファシズムは、その本質からして、
ヨーロッパ伝統のあらゆる信条、概念、信仰を否定する」(30)

▼なぜドイツとイタリアなのか(31)

・「19世紀のドイツとイタリアにおいて、
大衆の連帯をもたらしていたものは、
ブルジョア秩序ではなく国家統一への熱気だった。
民主主義運動ではなく国家統一運動だった」(31)

→「民主主義そのものが、
大衆の心にいかなる情緒的愛着も伴っていなかった」(32)

▼ファシズムが目指す奇跡(32)

☆いまの私達だとこれは失敗に終わったことを知っている

・イタリアとドイツはファシズムを目指している

・「ファシズムは、資本主義と社会主義のいずれをも
無効と断定し、それら2つの手技を超えて、
経済的要因に依らない社会の実現を追求する」(32)

・ファシムズは資本主義と社会主義のいずれともちがう
「非経済的な秩序と満足を中心に据える
脱経済社会を創造しなければならなくなった」(33)

→「その第一歩は、
社会の恵まれない層に対し、
恵まれた層の特権だった
非経済的な贅沢を与えることである」(33)

▼ファシズムの社会有機体説(34)

・ファシズムの「非経済的な報奨には、
経済的な不平等そのものを、
意味ある必然のものに変えてみせるほどの
力はない」(34)

→階級の格差は消え去ることはない

☆「民族の背骨」(農民)・
「民族の精神」(肉体労働者)・
「文化の担い手」(ブルジョアジー)という言い方はあるが、
それですべての階級が統合されることはない。

▼準軍事組織の役割(36)

・「ファシスト市民軍、突撃隊、親衛隊、
ヒトラー青年団、各種婦人団体などの準軍事組織もまた、
すべて非経済的目的のためのものである」(36)

→「これらの仕組みといえども、
現実の経済格差を補うには十分ではない」(37)。
「したがってこの種の仕組みは、
それがいかに完全であろうとも十分とはなりえない」(37)

・理屈上では経済的な不平等を補うため
社会的な平等を用意することは出来るが、
仕組みだけではひとりひとりの人間の
社会における位置づけと役割を与える原理を
与えることはできない。
(☆アノミーに陥る)

 

☆ファシズムとは要するに
資本家-労働者などの階級を超えて
「国家」の名のもとに国民が一つになる、
という制度である。

にもかかわらず、
「現実の経済格差」を解消することはできないので
もともと無理がある制度であることを
ドラッカーが指摘しているのだろう。

▼軍国主義の意味(37)

・「ここにおいて、あらゆる経済活動と
社会活動を軍事体制下に置く軍国主義なるものが、
産業社会の形態を維持しつつ、
社会に対し非経済的な基盤を与えるうえで
重要な役割を果たす」(37)

→「完全雇用をもたらし、
失業という魔物を退治する役割を果たす」(37)

→「軍国主義においては、
国全体が一つの軍隊である。
民間人はひとりもいない。
腕に抱かれた赤ん坊さえ民間人ではない」(38)

・「軍国主義は、マルクス主義のいう
収奪者による労働者の完全な奴隷化と同じである」(38)

▼所有と経営抜きの生産体制(39)

☆所有と経営の分離は経営学の基本です。
ですがそれすら成立しなくなるのが軍国主義だ、との指摘です。

・資本主義の前提である利益すら、
軍国主義においては成立しなくなる

→「すでに経営陣は、
過半の株式を保有する株主に対してさえ、
いかなる責任を負わないでよい」(39)

→「所有と経営抜きの生産体制」となる

・「一般にいわれていることとは逆に、
消費の削減は全体主義の弱みではなく強みである。
(…)自らの生活水準及び消費水準の低下が、
一つ上の階級よりも少ないことから得られる満足が、
経済的な報酬の不平等を補うに足る経済的実体となる」(40)

→これが崩れるのはもう耐えられないくらい
貧窮が進み、精神的に折れたとき。
つまり「全体主義経済の崩壊は(…)
経済的な崩壊としてではなく
精神的な崩壊として起こる」(40)

▼歴史の継続と断絶(40)

・このあと「新しい秩序が必ずや出現するであろうことは
自信をもっていえる」(40)

→歴史の断絶は以前もあった。
「13世紀は「宗教人」なる概念の崩壊があり、
16世紀には「知性人」なる概念の崩壊があった」(41)

→これから出てくる新しい秩序は
「その新しい秩序が経済的な平等を実現できることを意味する」(41)

・「得られぬ自由と平等への追求は、
西洋の歴史の原動力である」(42)

☆ここは原典を確認したい

・「まさに今日、この西洋の伝統が、
西洋自らが生みだしたものによって攻撃されている」(42)

・「西洋の歴史に特有の動的な性格は
西洋の強みであるとともに弱みでもある。
なぜならば、そのために、
今日のような過渡期の発生が避けられなくなるからである。

しかし今日、ヨーロッパの大衆の一部が、
秩序のない世界や意味のない社会にじっと耐えることをせず、
全体主義の暗黒の魔術の世界に逃げ込んでいるという事実こそ、
ヨーロッパをヨーロッパたらしめる力が
健在であることを示している」(42-43)

☆1・2章は単調ですが、
後々の章は楽しくなってきますのでご安心ください!

 

 


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