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学校英語は使えない?!
「学校教育で英語を何年も学んでいるのに英語が使えない…」
「学校教育の英語は役に立たない…」
こうした言葉を、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?

中学・高校と何年も英語を学んできたのに、
いざ外国人を前にすると話せない。
その経験から、「学校英語=役に立たない」と感じている人も多いと思います。
ですが。
私は最近この考え方に対して、違う見方を持つようになりました。
きっかけはお店で観光客と関わっている状況を見たことにあります。
観光地では「中学英語」で仕事が回っている
北海道の札幌でも
ここ数年で外国人観光客が戻ってきました。
場所によればコロナ前よりも増えたように感じます。

札幌の街なかのレストランやお店でも
外国人観光客がたくさん来ています。
そこで働いているスタッフの人を見ていると
ふつうに英語で接客をしています。
それも「中学英語レベル」で接客をしています。
カタカナ英語であっても
お店が回っています。
(年配の定員さんも英語で接客しています)

こういう様子を見ていると
「なんだ、学校教育の英語って十分役立っているんじゃないか」
と感じています。
もちろん、ネイティブレベルの英語ではないですし、
日本人の私が聞いていても
「このときはもっと別の表現のほうが良いんじゃないか」
と感じることもあります。
でも、レストランの運営が回っているのを見ると
学校教育の英語が社会で役立っている様子を実感できるのです。
本当に足りなかったのは「英語力」ではない
だからこそ結論的に
「学校英語って、実は十分役に立っているのではないか」
と感じるようになりました。

どうも私たちは学校教育の英語で
「ネイティブ並みに話せるようにならないといけない」
「ペラペラにならないと意味がない」
と過度な期待をしすぎているのかも知れません。
もちろん、そのレベルまで学校で引き上げられれば良いわけですが、
そうならなかったとしても
「いままでの学校での英語教育」の価値を否定する必要は
内容に思うのです。
現に、外国人観光客を相手に
中学英語レベルで接客が成立しているのを見ていると、
大事なのは英語教育の問題ではなく
「使う機会がなかった」ことが問題なのだと思います。
使う機会さえあれば、
アウトプットの機会があれば
それだけで英語を使って仕事をすることはできるとも言えるのです。
「期待値が高すぎる」ことが最大の壁
そもそも論として、
学校での英語教育に対し
私たちは必要以上に「期待値」を高く持ちすぎているのかも知れません。
英語を勉強する以上、
「正しい文法で話さなければならない」
「ペラペラで話せないといけない」
「間違って話すのは失礼」
と考えてしまいがちです。
その結果、
「完璧に話せないなら話さない」
と考える人も多いと思います。
ですが、外国人観光客相手に仕事をしている人たちは
別に「完璧に話そう」とは思っていないはず。
おそらくは
「外国人観光客が来たからこそ
なんとか手持ちの英語教育の知識で接客をしている」
という人も多いと思います。
ですが、それでも仕事が回っているのであれば
英語教育の期待値を一旦下げるのも
重要ではないかと思うのです。
もちろん、こういう話をしているからと言って
「完璧な英語は話さなくて良い」と言っているわけではありません。
話せるに越したことはないですが、
大事なのは英語能力が学校教育レベルであっても
「使おう」と努力していくことです。
つまりアウトプットの機会を自ら作っていくことが
大事なのだと思うのです。

必要に迫られて使ううちに
段々と「もう少し英語の力を上げたい」と
勉強するようにもなっていきます。
そうやって使うからこそ
さらに英語力が上がりますし、
使う間に英語の知識・理解がより深まっていきます。
大事なのはアウトプットの機会なのですね。
これは英語に限った話ではありません。
学問においても同じです。
大学院は「強制的アウトプット」の場である
例えば大学院。
大学院では
ゼミでの発表やディスカッション、レポート提出など、
アウトプットの機会が非常に多くあります。
論文を読んで概要を発表したり、
論題を元に院生同士でディスカッションしたりすることもあります。
ゼミの発表に対し質問を考えることもあります。

大学院に入ったばかりの頃は
「うわ、自分で発表なんてできない…」
と思っていても、
イヤでもアウトプットせざるを得ないからこそ
挑戦するうちに自分の実力がより高まっていくわけです。
つまり英語も学問も
アウトプットの機会の有無が
能力向上に繋がっているわけですね。
私自身、2023年4月から北大の公共政策大学院に入り
長期履修で人生2回目の修士課程を過ごしています。

大学院に入ったことで
アウトプットの機会が増え、
自分の知識が高まったように思うのです。
「使うから伸びる」というシンプルな原理
ここまでの話をまとめると、
英語も学問も「使うから伸びる」といえます。
どれだけインプットをしても、それを使う場がなければ定着しません。
逆に、アウトプットする機会があれば
アウトプットを繰り返す中で
イヤでも成長出来るのです。
では、これからの社会人に求められるものは何でしょうか。
それは、
「アウトプットを求められる場に、自分から飛び込む力」
だと私は思います。
英語を使う環境に身を置いたり、
学問上の発表や議論の機会がある場所に行いったりするなど
アウトプットを求められる場に自分から飛び込むことが
自分の成長に直結するのです。

そういうアウトプットの機会として
社会人が大学院に行くのは非常にいい選択肢だと私は思います。
ぜひ自分の能力を高め
自分の可能性を開いていくためにも
大学院進学にチャレンジなさってみてはいかがでしょうか?

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「学校英語は役に立たない」とよく言いますが、本当でしょうか?いま街なかでも外国人観光客に対し中学英語レベルでも接客が成立しているのを目にする事があります。実は学校英語、立派に役立っているように思うのです。重要なのはアウトプットする機会があるかどうか。完璧を求めず、英語のアウトプットが多くなるとイヤでも成長できます。これは学問も同じです!