目次
日本企業の体力、落ちてませんか?
「最近、日本企業の体力って本当に落ちてきているな…」
そんなことを、私は北海道大学公共政策大学院で授業を受けながら強く感じています。
授業で扱っているのは「人的資本論」「シグナリング理論」といった教育社会学や労働経済学の古典的テーマ。
それを現代の日本企業の姿と照らし合わせたときいろんなことが見えてきます。

今回は私が北大で学んでいる内容を踏まえながら、
- なぜ今「人的資本論」が再び注目されているのか
- 日本企業の人材育成はなぜ限界に来たのか
- 社会人は今後どう学び続けるべきなのか
について見ていきます。
北大の魅力のひとつは「他研究科の授業を自由に学べる」こと
まず少しだけ背景の説明から。
私はいま北大公共政策大学院に通っていますが、今期は北大の教育学院の授業も履修しています。
もともと私は1回目の大学院修士課程を早稲田大学大学院の教育学研究科で修了しています。
その時の専門が教育社会学や高等教育論。
北大大学院の教育学院で学ぶのは以前の大学院での学びに近い印象があります。
一部の受講生の方にお話しているのですが、大学院を選ぶ場合「できるだけ多様な大学院・研究科を持っている大学院を受験したほうが良い」という選択基準があります。
例えば1つの分野しかない単科大学の大学院の場合、その分野以外を学ぶことが出来ません。
ですが、多様な研究科が存在する大学院の場合、一定の条件はあるものの自分の在籍する大学院以外の授業を履修することができるのです。

北大のような総合大学の大学院に通うメリットのひとつは、他の研究科の授業を履修できる制度があること。
大学院共通科目という仕組みがあり、例えば公共政策大学院に所属していても教育学院や経済学研究院などの幅広い授業を受講できるのです。
(変わったところでは農学院の授業も私は以前履修していました)
公共政策大学院は法学・政治学寄りの内容が多いですが、他の大学院である教育学院では教育学に関する内容を履修できます。
今期私が履修しているのは教育学院のなかでもキャリア教育に関する授業です。
ここでは“人的資本論”や“シグナリング理論”などの理論を土台として学校教育と職業との関連性についてを学んでいます。
この授業、非常に勉強になるのです。
人的資本論とシグナリング理論 ― 学歴の価値をどう捉えるか
「学歴はその人の能力を本当に表すのか?」
「学歴は役立つのか?」
こういう疑問を持ったことはないでしょうか?
「人生、学歴じゃ決まらないよ」と聞くことはあっても、実際学歴はないよりあったほうが役立つことが多いようにも思えます。
学歴はその人の能力を表すのかどうか。
この問い、1970年代から続く古い論争でもあります。
この問いに対し、大きく分けると次の2つの立場があります。
(1)人的資本論(Human Capital Theory)
人的資本論とは、
「学校で学んだ知識や技能が、そのまま生産性向上や所得向上に結びつく」
という考え方です。
大学で高度な勉強をした人は、企業に入ってからもより高いレベルの仕事ができる。
だからこそ賃金も上がるし生産性も上がる。
こういう考え方をする理論です。
ある意味、常識的な考え方と言えます。

一昔前には「良い学校、良い会社、良い人生」という言葉が言われていました。
良い学校に入ると能力が高まり、その結果いい会社に入ることができる。
そうすると所得も高いので幸せな人生が待っている。
非常にわかりやすい説明です。
学歴が高い人は同時に能力も高い。
そういう素朴な考え方が人的資本論となっています。
実際、今の産業界の人材育成論はほとんどこの「人的資本論」に乗っています。
ただ、この考え方、本当に正しいかというと疑問があります。
良い学校は出ているけれど「全然使えない人材」というのは普通にいますし、逆に学歴は高卒・専門卒で「超優秀な人材」も普通にいます。
だから「学歴とその人の能力が一致している」と考えるのは言い過ぎであると言えるでしょう。
そのあたりが人的資本論の限界でもあります。
(2)シグナリング理論(Signaling Theory)
人的資本論はわかりやすい理論です。
一方、シグナリング理論はこう考えます。
「学歴は能力の証明ではなく、単なる“目印(シグナル)”である」
これは何かというと、良い学校に行ったからその人の能力が上がるというのではなく、学歴は単に「良い学校に入れるだけの能力があった」ことを示すシグナルにすぎない、という理論なのです。
ある人が良い学校を卒業して良い会社に入った場合、人的資本論では「良い学校に入ったから能力が上がり良い会社に入れた」考えます。
一方シグナリング理論では「良い学校に入ったという事実だけを会社は認識し、【その人に能力があるだろう】と考えて会社が採用した」と考えるわけです。
シグナリング理論では人的資本論の考える「良い会社に入ると能力が高まり、それを企業が評価する」発想を批判しているのです。
実際、企業の採用試験において受験者の能力を正確に測ることは難しいです。
採用試験ではSPIなどのテストが用いられることがありますが、こういったテスト結果の高い人が本当に仕事ができるわけではありません。
(SPIを「別の人が受験している」ケースが問題にもなっていますね)
このように、その人の持っている能力というのは直接測ることができません。
そのため企業は“東大卒”などといった学歴を使い、能力の高さを推測することになるのです。

学校教育に意味はない?!
なお、シグナリング理論を突き詰めると「学校教育に意味はない」というところまで説明することが出来ます。
これは80年代の「レジャーランド」としての大学をイメージするとわかりやすいかも知れません。
「自由な4年間を過ごしたいから大学に行った」「大学時代は遊んでばかりいた」という人が結構良い企業に採用されることがあります。
これは大学の教育が評価されたわけではなく「良い大学に入ることが出来た」という事実を持って「この人は能力があるだろう」と判断していることでもあります。
人的資本論かシグナリング理論か。現実はその中間にある。
ここまで人的資本論とシグナリング理論について見てきましたが、「じゃあどっちが正しいの?」と思う方もいらっしゃると思います。
結論から言うと、どちらかが絶対的に正しいわけではなく、現実はその中間にあるといえます。
人的資本論的に良い学校・良い教育を受けて能力が上がることは実際にあります。
そうでないと私のような塾講師や研修講師の仕事は成り立たなくなります。
と同時に、学校教育の成果がそのまま社会で役立たないこともあります。
「学歴は良いけど全然使えない人」が組織内にたくさんいるのは、シグナリング理論によって説明できるわけです。
なので現実社会を説明するには人的資本論・シグナリング理論の両方が必要だと言えるのです。
私が抱いていた疑問「なぜ今、人的資本論が復活しているのか?」
さて、私は以前からある疑問を抱いていました。
それは、
「1970年代に一度議論され尽くした人的資本論が、なぜ今になって再び注目されているのか」
という点です。
産業界でも、
- 社員の教育投資を増やす
- 自己啓発を促す
- 専門性を強化させる
といった動きが広がっています。
人的資本論はむしろ素朴です。
「学んだら能力がつく」「教育は生産性を上げる」。
だれも反対しにくい考え方です。
ですが、1970年代にずっと議論されその疑わしさ・素朴さがシグナリング理論の立場から批判されてきました。
なので人的資本論はある意味「素朴」であり、そのままの形で人的資本論を用いて何かを説明することは「意味がない」議論であると認識しています。
(本来であればシグナリング理論による批判をもとに人的資本論を再構築する必要があるといえます。ですが現在の産業界の説明を見ていると70年代的な「素朴」な人的資本論の説明しか存在しないように見えます)
なぜ今 人的資本論が再び前面に押し出されているのでしょうか?
大学院の先生の答えは「逆だよ」
この問いを北大の先生にぶつけたところ、思いがけない答えが返ってきました。
「フジモトさん、それ、実は逆だよ。
日本ではもともとシグナリング理論的な採用が中心だった。
でも、それが通用しなくなってきたから人的資本論に切り替わってきているんだ」
こういう返答がありました。
これ、私にとって目からウロコでした。
日本企業は長く「学歴さえあればよい」採用をしていた
振り返れば日本企業は長く、
- 学校で何を学んだかは問わない
- 入社後に会社内で徹底的に教育する
という方針を取ってきました。
先に述べた「レジャーランド」的気分で4年間遊んできた大学生を企業がどんどん採用してきたのは「そもそも大学教育に価値をおいていない」ことの現れなのです。
大学教育に価値をおいていないどころか、変に大学で何かを教育されると企業にとって使いづらい人材になってしまいます。
なので学歴と学校歴だけを見て「この人は使えそうだ」「能力がありそうだ」と判断し、採用をしてきたわけです。
まさにシグナリング理論的な採用をしてきたのです。
教育学的には「学歴」とは「高卒・大卒」のような最終学歴を意味します。
「どの大学を出たか」という説明には「学校歴」という言葉を用います。
かつての日本企業がシグナリング理論的な採用を出来た背景には、企業での人材育成が手厚く行われていた事が挙げられます。
大学教育ではなく、企業において社員をイチから教育するという覚悟と余裕があったのです。
典型ともいえるのが松下電器(現 パナソニック)の研修です。
創業者の松下幸之助が丁稚奉公(でっちぼうこう)から職歴をはじめたように、幹部候補でもまずは現場でイチから修行することが求められました。
具体的には町のナショナルストアーに送り込まれ、そこで接客・営業・販売を叩き込まれるわけです。
その後OJTや社内研修で会社向けの能力を身につけていくことになりました。
こういう状態だと、「大学で何を学んだか」はそれほど評価されないことになります。
このように伝統的な日本企業はシグナリング理論的な採用をしてきたわけです。

しかし今、日本企業にはもう「教育する体力」がない
ところが――。
その前提が、今の日本企業では崩れつつあります。
かつてのように、
- 長期的な新人研修
- 腰を据えた人材育成
- 企業内教育の徹底
に投資する“体力”がなくなってきています。
『会社はあなたを育ててくれない』という本のタイトルの通り、企業は社員をイチから教育するのではなく「即戦力」を求めるようになってきました。

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経験を積んだ人材を確保する中途採用を積極的に行うだけでなく、新卒採用においても「学校で何をしてきたか」「どういうスキル・能力を持っているか」を判断する傾向が高まっているのです。
(かつての日本企業において転職はそれほど一般的ではありませんでした)
だからこそ企業はこう求め始めています。
「大学時代にすでに能力を身につけてきてほしい」
「即戦力がほしい」
「コミュニケーション力や専門性を自分で磨いてきてほしい」
これ、人的資本論そのものなのです。
日本の人的資本論は中途半端!
ただ、いまの日本企業がやっている人的資本論は「中途半端」であるとも言えます。
『会社はあなたを育ててくれない』には企業が新入社員研修の予算を削り、反対に「即戦力」たる中途採用の予算を増やしているという現実が描かれています。
本当に人的資本論を実行するのならば「採用において大学での学習内容や知識・スキルを判断する」だけでなく、採用した人材を育成する新入社員研修の予算をむしろ増額する必要があると言えるからです。
いまの日本企業では自前で社員を教育する余裕がなくなり、シグナリング理論的に「学歴」「学校歴」だけをみる採用がしずらくなりました。
そのため「即戦力」を求める人的資本論的な採用を行うようにはなりました。
ただ、同時にかつて行っていた「社内研修」の予算を削っていながら、口では「人的資本が重要」と言っています。
これ、非常に中途半端な姿勢であると言えるのです。
せっかく人的資本論を用いるなら、社内での育成にこそ予算を掛けるべきだと言えるからです。

これは働く私たちにとって何を意味するのか?
さあ、この状況を見たうえで私たちは何をしていくと良いのでしょうか?
私は次の2点が重要だと考えます。
(1)「自分の能力形成は、自分で責任をもつ」時代へ
いまは『会社はあなたを育ててくれない』時代です。
だからこそ、自分の能力・スキル形成を自分で責任を持つ必要が出てきています。
人的資本論的に、自分の能力・知識を高めていくしかないのです。
例えば今後は次のような行動で自身の能力形成が必要でしょう。
- 大学院に行く
- 専門資格を取る
- DXスキルを学ぶ
- 読書量を増やす
- 社外のネットワークに参加する
こうした“自分への投資”が今まで以上に重要になります。

(2)能力形成を続ければ、むしろ未来は明るくなる
企業が人材育成の予算を削っているというのは厳しい現実であると言えます。
ですが逆に考えれば、「組織ではなく個人がキャリアの主導権を握れる時代が来た」ともいえるわけです。
誰かに依存するのではなく、自分の意志で能力を伸ばし、専門性を高めていく。
そうすることで次のことが行えるようにもなってきました。
- 転職の自由度が上がる
- 収入の可能性が広がる
- キャリアの選択肢が増える
- ライフステージに応じて働き方を変えられる
こういう未来を実現できるのが今の時代の特徴でもあるのです。

大学院で学ぶことの価値を改めて実感した
今回私が大学の先生に質問したことを紹介しましたが、こういった授業を通じて、私は改めて「大学院で学ぶことの意味」を強く感じました。
自分がこれまでぼんやりと抱いていた疑問が、学問の理論に裏づけられてクリアになっていく感覚を得られただけでなく、いまの日本企業の問題点などが理論によって説明できることも非常に興味深く感じました。
こういった視点、大学院でなければ得られなかった学びだと思います。
未来のために学びませんか?
現在、企業の体力が弱まり、企業が人を育てられなくなってきています。
その時重要なのは「会社ではなく、自分の未来のために学ぶ姿勢」です。
- 何を学びたいか
- どんな専門性を持ちたいか
- どんなキャリアを実現したいか
これを自分で考え、動き出していくと、これからの時代を楽しく生きていくことができるはずです。
特に企業が「人的資本論」に基づいて行動し始めている以上、自分の能力やスキルと言った人的資本を高める努力をしていれば企業も評価してくれるようになっています。
学んでいくことで自分らしく生きれるようにもなっていくのです。
なのであなたも未来のために学んでいきませんか?

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日本企業が社員を育てる余力を失いつつある中、人的資本論が再び注目されています。これまでの日本企業は学歴という「シグナル(目印)」で採用し、入社後に育成してきましたが、その体力がなくなり即戦力を求める方向へ転換しています。だからこそ今は「自分の能力形成を自分で担う時代」。学ぶことで自分の力を高めていきませんか?