大学に行けるって、感謝すべきこと。インセンティブデバイド論








大学に行くのって、当然のこと?!

いま、
北海道学習塾ゆうとして
大学受験生と
関わっています。

 

数学・理科は妻が、
文系科目は私が担当。

 

夫婦分業って、
いいですね!

 

 

さて日々、
受験生と関わっていると
大学に行くことが
「当然」のように
思ってしまいがち。

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大学受験をしている
生徒も、

ともすれば
「大学に行くのが当然」
と思いがちです。

 

ただ。

 

日本の大学進学率は
約50%。

 

短大・専門学校と合わせて
70~80%くらいです。

 

大学に行くのは
当然のことではありません。

 

これ、
地方出身の方は
ある意味「当然、知っている」
ことです。

 

 

ところが、
都市部に住んでいると

「大学に行くのは当たり前」
「大学に行けないのはそれだけ学力が低い」

・・・的なことを
平気で言う人がいます。

 

困ったことです。

 

 

大学に行く/行かないって、
履歴書で
「〜〜大学卒」
という1行が増えるか否かの
違いです。

 

「大卒有利」
な就職先も多いですが、
地方では
「大卒には仕事がない」
ところもザラです。

 

大学入試は
しょせん
その程度のものなのです。

 

私は
兵庫の片田舎で育ちました。

 

中学の友人で
大学まで行った人は
そんなに多くありません。

 

単に
「田舎にいる」
だけで
大学に行かない人がいる。

 

単に
「親がお金を出せないから」
大学に行きたくても行けない
人がいる。

 

それがわかっているから

「オレは努力で〜〜大学受かったんだ!」

という人を
ちょっと
冷めた目で見てしまいます・・・。

 

勉強に努力できるというのは、一つの特権。

 

実は
「勉強に努力できる」
というのは
一つの
特権なんです。

 

「意欲格差」
という言葉があります。

意欲格差、
つまり
インセンティブデバイド。

上の本に出ていますが、

要は
「勉強に努力できる」か否かは
「生まれた家」によって
決まるという事実を
指摘したのです。

 

「勉強しよう!」
という思い=意欲すら、

生まれた家の環境によって
変わってくる。

 

 

 

大学に「努力して受かった」
人って、

その「努力」を
支えてくれる
「家庭」があったからこそ、
なのです。

 

 

「大学に行きたかったけど、
家族を支えるために
働かないといけなかったんだ・・・」

 

そういう話を聞く度に、
「オレは努力で〜〜大学に受かったんだ」
という人の浅はかさを思ってしまいます。

 

たまに

「オレは家が貧しいけど、
努力して東大に行った!」

という人がいます。

 

ハッキリ言って、
この人は「すごい」です。

 

特別です。

レアケースです。

 

その人が「すごい」し
本当に「努力」したのであって、

「この人が大学に行けるんだから、
お前も頑張れ!」

と、
下手に言うのは「暴力」でもあります。

 

なぜなら、

「努力」できるというのも、
家で勉強する場所があったり、
参考書を買うお金があったり、
家族が大学進学に協力的であったりと、

「個人の努力」
以外の要素が
沢山必要だからです。

 

だから
そういった要素を
全て無視して、

 

「オレは努力して〜〜大学に行ったんだ」

というのは、
ちょっと「いいすぎ」な気がします。

 

 

大体の場合、
大学に行けるのは

その人の努力以外の要素も
大きいのです。

 

だからこそ、

大学に今通えている
大学に行けたことは

「感謝すべきこと」なのです。

 

 

「オレは努力して〜〜したんだ」という人の傲慢さ

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「すべて自分の努力で
築き上げた」

って人って、たまにいます。

 

そんな人って、
けっこう
傲慢です。

 

努力しない人・
努力できない人に
冷たいです。

 

「オレは努力したんだ、
お前もやれ!」

と言いがちですが、
それ自体暴力なのです。

 

 

だからこそ、
大学に行っている人は

「大学に行けなかった人」
「大学に行きたくても行けなかった人」

・・・の存在を忘れては
いけないでしょう。

 

謙虚さって、
やっぱり大事なのです。

 

できる子はいばるな!できない子もめげるな!

 

私が前の高校で働いている時。

その高校の創設者の名言を思い出します。

 

できる子はいばるな!
できない子もめげるな!

 

これ、
ある意味
すごい言葉です。

 

勉強ができる・できないなんて、
ある意味「どうでもいい」こと。

だから
勉強ができるくらいで
いばってはいけないんです。

 

同じように、
勉強ができなくても
めげなくていいんです。

 

それを超えた先にある
人間性を
皆が見ていく社会。

 

それが一番大事だと思います。

 

塾をやっているものとして、
自警の意味として・・・・。

 

 

ではまた!

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