本はアクセサリー?「知的さ」を演出するファッションとして本を持とう!

 

■今日のポイント
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ファッションとして本を持つ!
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1週間にわたるエジプト&ギリシャの旅が終了しました。

ピラミッドの中に入ったり、
砂漠でラクダに乗ったり、
エーゲ海の島々をクルーズしたりと
得難い経験が出来ました。

視野も広がった気がします。

いい思い出になりました。

エジプト&ギリシャの旅行中、
一緒に旅をする人から
こんなセリフを何度か聞きました。

「藤本さんって、
行きの飛行機でマーケティングの本を読んでいた
人ですよね?」

読んでいた本を
なぜかしらすごく覚えていて
くださったのです。

その本をネタに、
会話をする事ができました。

本をきっかけにして、
コミュニケーションできたのです。

これは面白い経験でした。

どんな本を読んでいるかということを
けっこう周りは見ている、ということに
気づいたからです。

どんな本を読んでいるか、
どんな本を持っているか。

意外と周りには見ています。

いつも週刊ジャンプを片手にしている
高校生がある費突然
新書を読み出すと「びっくり」
しますよね。

それと同じです。

旅行で気づいたのは
本はアクセサリーでもある、
ということです。

どの本を持って歩くか、
車内でどんな本を読むか。

これも一種のファッションなのです。

しかも、「知的」に見えるファッションです。

新聞もそうです。

イギリスのコメディアンのコントに、
読みもしないのにイギリスの経済紙を
持ち歩く銀行員が出てきます。

「読まないのに、なぜ持っているんだ?」
と聞かれた際、

「ファッションの一部だから」
と言っていたのが印象的なコントです。

私も朝の地下鉄で
一種の「ファッション」として
日本経済新聞を持っています。

(ちゃんと読んでいますので、念のため)

本や新聞を読むことって
純粋にちょっと「カッコイイ」と
思うわけです。

地下鉄に乗ると
95%の人はスマホを見ています。

その中で一人、
分厚いドラッカーの本でも読んでいれば
「知的」雰囲気が高まるでしょう。

喫茶店で待ち合わせをするときも、
待っている人が寝ている場合・
スマホをいじっている場合・
本を読んでいる場合とを比べると
与える印象はぜんぜん違うはずです。

そう、本はファッションでもあり、
アクセサリーでもあるのです。

本はアクセサリーだ、
という考え方に違和感を持つ人も
いらっしゃると思います。

でも、本を手に持っていたら
少なくともちょっとは読んでみますよね。

まず形から入る、というのも
いいことだと思うのです。

私が大学生の時、
法学部の学生が
六法全書を持ちつつ校内を歩いているのを見て
「自分も何かしないと!」
という思いになりました。

また、英語で授業を行う
国際教養学部の学生が
洋書を持って校内を歩いているのを見て
「自分も英語を勉強しないと!」
という思いになりました。

六法全書や洋書は
一種の「アクセサリー」でした。

本はアクセサリーの1つ。

この発想を昔の日本人は持っていました。

だから応接室には読みもしない
「世界大百科事典」や
「ブリタニカ百科事典」が
備えられていたのです。

教養・知識につながるものは
持たないより持っていた方がいいです。

アクセサリーがスタートとなり、
本気で勉強をし始めるきっかけとなることが
あるからです。

批判する人もいるでしょうが、
「ファッション」として
本を持つのって大事だと思うんです。

 

あとは「知的」に見えるだけでなく
実際に「知的」になれるよう、
手にしている本を読めばいいのです。

まずは形から入る。
まずはファッションとして本を持つ。

 

この習慣、取り入れてみてはいかがでしょうか?

ではまた!


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