「学び直し」費用、本当に労働者(社会人)が出すべき?自己負担に頼る風潮への違和感

summary

「学び直し」が現在注目されていますが、個人(労働者・社会人)の自己負担が当然とされる風潮に私は違和感を覚えます。現在、企業では社員研修など教育予算を削る代わり中途採用にかける予算を増やす傾向があります。そうではなく企業や社会も「学び直し」に責任を持ち、費用を負担していくべきではないでしょうか?

リスキリング・リカレントが訴えられているけれど…。

いま、「リスキリング(学び直し)」が声高に叫ばれています。

「学び直してキャリアアップを目指そう!」

「社会人に出てからも勉強していこう!」

「継続的なスキル形成がなければ生き残れない!」

こういったメッセージを聞く機会、増えてきたように思いませんか?

メディアやビジネス書、さらには国の政策の中でも頻繁に見かけるようになりました。

(私の書いているこのブログでもしょっちゅう書いていますよね…)

時代の変化に適応するための学び直しって、とっても重要です。

ですが、これらのメッセージには「違和感」を覚えることもあります。

それは「学び直しの負担を社会人自身が行う」ことが前提となっている点です。

つまり、変化する社会を生きるためには私たち自身が・自分のお金で学ぶことがいわば「当然視」されているのです。

(学び直しが自己責任になりつつあります)

この考え方、本当にこのままでいいのかどうか今回検討していきます。

企業にとって「安上がりの研修制度」となっていないか?

現在、社会人が自費で教材やスクールに通い、スキルを獲得するという流れが一般的になりつつあります

「自分の市場価値を高めるためスキルアップが必要」ということもありますし、「資格を取って専門性を高める」ということもあります。

実際、あなたの周りでも自費・独学で資格取得した人、仕事に必要なスキルを専門セミナーに自費で参加して身につけてきた人がいらっしゃるはずです。

自分でお金を出してでも勉強する。

これ自体は素晴らしい意欲の表れです。

ですが、「自分のお金で学び直しをしなければ就職も転職もできない」ことが前提になっているとすると、これは大問題といえるのではないでしょうか?

労働者は貧困に。代わりに企業だけが豊かに。

実は、「自分のお金で学び直しをする」ことって労働者を雇用している企業にとってはとても「オイシイ」発想なのです。

それは、自分の会社で研修費用・教育費用を支出しなくても労働者が自分の給料からわざわざスキルアップにお金を使ってくれることを意味するからです。

もし「自分のお金で学び直すのが当然」という社会であれば、企業側から見れば、社員に研修費を出さず、教育コストを削減しながら「スキルある人材」をラクに採用できることになります。

おまけに現在は中途採用をはじめとする転職市場が広がりつつあるので、自社で教育をしなくても「必要な人材・スキルある人材は転職市場で採用すれば良い」という発想になります。

その結果、企業内での研修はますます減る一方、本来企業が負担していた分のスキル研修の費用を労働者自身が負担することになります。

その結果、企業が栄える一方、労働者がどんどん貧困に追い込まれているのです。

「自分のお金で学び直す」という「善意」の行動が、結果的に「企業が本来出すべき教育研修費用を削減し、労働者自身が自分のお金ですきる形成しないと就職も転職もできない」という最悪な状況につながる可能性があるーー。

これを私は危惧しています。

しかも、この状態になると転職も就職もできない人は「自分でスキル形成できない人物」というレッテルを貼られてしまうことになるでしょう。

(いまも「自分からスキルアップをしていかないと生きていけない社会になる」という言い回しをよく聞きますよね)

それを防ぐため、自分のお金で自分のスキルアップにお金を出さざるを得ない…。

こういう「自分のお金での学び直しが強制される社会」は完全なディストピアだといえます。

巧妙な「搾取」となっていないか?

本来は企業が担うべき教育投資を、労働者が自ら負担することを余儀なくされる――。

ここまで言ったことをマルクス経済学から観れば、まさに労働者「搾取」の典型例でしょう。

しかも「リスキリング」「リカレント」「学び直し」という「美名」のもと、搾取がより巧妙なものになってしまっているのです。

もちろん、自発的に「学びたい」と思う気持ちはとても尊いものです。

ですが、それが労働者自身の“義務”のようになり、負担だけを強いられる社会になってしまうのは、明らかに歪んでいます。

企業や社会の責任の再確認を!

かつては、企業は人材育成に積極的に投資していました。

長期雇用を前提とした人材戦略のもと、社内研修や外部講師による研修などが行われていたのです。

企業によっては幹部候補生を大学院進学させる(そのために海外MBAに行くケースもありました)こともよくありました。

実は今、企業の教育投資額は年々減少しています。

『会社はあなたを育ててくれない』には企業において社内研修の実施が年々減少している事実が指摘されています(特に大手企業)。

代わりに、中途採用にかけるコストが年々高まっています。

この傾向、さっき言ったように自社での研修をケチり、スキルある社員を外から連れてくるという発想そのままです。

昭和期の企業が全て良かったとは私は思いませんが、社内研修の機会が豊富であったこと・新卒社員に多くの経験をさせながら最適な人事につなげていく長期計画プランがあったことについては評価すべきだと私は思っています。

現在のように社内研修をケチり、中途採用で人材確保を求める企業は「古き良き日本企業」の良さを捨ててしまったように思うのです。

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「学ぶなら自腹で」の問題点!

いまの日本社会は「学ぶなら自腹でどうぞ」「学ばないなら仕事はないですよ」という方向性です。

このままでは、「学ぶ余裕がある人だけがキャリアアップできる社会」「学ぶ余裕がない人は永遠に上にいけない社会」になってしまいます。

時間やお金の余裕がある、いわゆる“エリート層”だけが恩恵を受け、それ以外の人はスキル不足のまま低所得に甘んじる――。

これは、人的資本論が「格差の再生産」肯定につながってしまう恐ろしい未来でもあります。

無償化・給付制度・企業の支援制度の拡充を

だからこそ、いま必要なのは次のような政策・支援でしょう。

  • 企業による学費補助制度や進学支援の拡充
  • 大学院進学への奨学金制度の拡充
  • 社会人の高等教育に対する無償化の検討
  • 教育訓練給付金の対象拡大と制度改善


これらの支援を通じて、「学びたい」という意欲を持つすべての人が、経済的な心配なく学べる環境づくりが求められています。

そうでないと、「学びの費用負担」を負える人・負えない人で就職の有利・不利が決まる不平等な社会になってしまうからです。

「学ぶ社会」は素晴らしい。しかし…

私は、「誰もが学ぶ社会」自体はとても大切だと考えています。

生涯学習の発想、私自身も社会人大学院対策の塾を経営する側としてとても重要だと考えています。

ですが、「誰もが学ぶ」ことについて、それを“すべて個人の責任”として押しつける社会には、大きな違和感を抱かざるをえません。

特に学びの費用負担について「自己負担」を求めることは、先に上げた不平等の拡大につながりかねません。

そのため、学びの費用の支援制度を考えるなど、誰もが安心して学び直せる環境を作ることが今後の日本には不可欠だと考えます。

あなたはどう考えますでしょうか?

ぜひコメントなどでお教え下さい。

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