![スクリーンショット 2016-02-15 20.05.53](http://nomad-edu.main.jp/www.school-edu.net/wp-content/uploads/2016/02/スクリーンショット-2016-02-15-20.05.53-300x141.png)
以前、保険のCMで使われいたのが印象的です。
聞いたことはあるでしょうか?
あなたに会えて ほんとうによかった
嬉しくて嬉しくて 言葉にできないLaLaLa LaLaLa…
言葉にできない
聞いていると、なぜか胸にこみ上げる曲です。
「嬉しい」という言葉では表現できない「嬉しさ」が伝わってくる。
「言葉にできない」というフレーズのインパクトが大きい。
多くの人にとって共感できる要素でしょう。
よく考えると、感情を言葉にするのが仕事の作詞家にとって、
「言葉にできない」というフレーズを入れるのは相当勇気がいるはずです。
そういった意味でも、意欲的な曲でしょう。
ところで、小学生の絵日記を思い出してみてください。
![Z](http://nomad-edu.main.jp/www.school-edu.net/wp-content/uploads/2016/02/Z.jpg)
小学生の絵日記はどの日も「たのしかった」記述ばかりです。
「花火大会にいきました。たのしかったです」
「スイカをみんなで食べました。たのしかったです」
「たのしかった」のは事実です。
ですが、それ以外の要素が「たのしかった」という言葉では伝わりません。
伝わらないのですが、小学生にとってはそれ以外に表現が出来ない。
それこそ、「言葉にできない」のです。
作文の指導において、「言葉にできない」は禁句のようです。
言葉にするのが作文だからです。
でも。
私は「言葉にできない」という表現もアリだと思います。
人間、なにか大きな感動を感じることがあります。
大学に受かった!
就職が決まった!
昇進した!
結婚した!
逆に、大きな絶望を感じることもあります。
彼女に振られた!
志望校に落ちた!
留年が決まった!
大きな感動も、大きな絶望も、言葉にしてしまうと陳腐です。
「めっちゃ感動した!」
「ものすごく落ち込んだ!」
そんな時は、ちょっと待ってみるといいのです。
言葉にしようとするけど、なんか違うと思う。
言葉にすると、嘘くさく感じる。
言葉にすると、安っぽくなってしまう。
そんなモヤモヤを大事にして、しばらく自分の中で寝かせるのです。
数時間後かもしれません。
数日後、あるいは数年後かもしれません。
寝かせた分、自分の中でしっくりくる「言葉」で表現できるようになります。
例えば、「志望校に落ちた!」という大きな絶望を例に考えてみましょう。
志望校に落ちた当時は、「もう何も考えられない…」「悔しい…」「絶望…」くらいしか言葉が見つかりませんでした。
しばらく寝かすと、次のような表現を書けるようになりました。
志望校に落ちたことで、僕は文字通り「目の前が真っ暗」になった。今までの勉強は何だったんだろう。そんなふうに思った。
あまり考えたくないのが「不合格」という言葉だ。いままで何時間も勉強してきたのだから、「不合格」というのは本当に辛かった。
合否結果を電話で聞いたのも良くなかった。
「残念ながら、不合格です。」
何度も耳に届いた。本当に何も考えたくなくなった。
「絶望」になる前後の状況を書いています。
また、ちょっと客観的に自分を見れるようになっています。
作文を書くと、自分を少し客観的に見ることが出来ます。
「言葉にできない」ということも、少し寝かせて言葉にしてみると、自分を少し離れた場所からアドバイスできるようになります。
「言葉にできない」ことはたくさんあります。
「言葉にできない」と、モヤモヤします。
そのモヤモヤを大事にして、文章を考えてみましょう。
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