事業売却後からの学問への挑戦!札幌市立大学大学院デザイン研究科修士課程修了 中野芳則さん 社会人大学院生インタビュー23前編

summary

建築会社の創業・売却を経て学び直しを決意した中野芳則さん。札幌市立大学大学院へ進学され、もみじ台団地での熱中症対策を研究なさいました。この3月、74歳でご卒業なさることになりました!行政提案として評価される成果を残した中野さんへのインタビュー、前編をお届けします!

中野芳則さん

高校卒業後、建築会社で勤務し一級建築士を取得。その後 空港関連会社や建築会社勤務を経て自身の建築会社を創業。事業売却後は京都芸術大学の通信制課程で学び、2023年に札幌市立大学大学院デザイン研究科修士課程に入学。2026年3月修了。

(インタビュー実施:2026年3月17日Zoom上にて)

北海道新聞「74歳 札市立大院を来月卒業」という記事

ーー:ここに北海道新聞の2月の記事がありまして、「74歳 札市立大院を来月卒業」と中野さんがこの度 修士課程を卒業なさることが書かれています。

新聞記事へのご掲載とご卒業、本当におめでとうございます!

中野:ありがとうございます。明後日3/19が卒業式なんです。

もっとも、単位がすべて取れたことがわかったのが2/27、学長の名前で卒業が確定したのが3/3、修了証の日付は3/19のようです。

ーー:札幌市立大学大学院のサイトにも掲載されていますね!

ご活躍がすごいですね…!

ーー:そうなんですね!中野さんは入学されてから3年で修了されたとのことで、本当におめでとうございます。

北海道新聞にも「74歳 札市立大院を来月卒業」の新聞記事も拝見しました。

中野:卒業することになって取材を受けましてですね。

実は昨日も読売新聞から取材を受けました。4月の上旬にまた掲載される予定です。

ーー:そうなんですか!素晴らしいですね。
今回は、大学院に入ってみて実際どうだったのかを中野さんの視点でお話しいただければと思います。

まず、中野さんが大学院を目指されたきっかけについて教えていただけますでしょうか。

「通信制大学4年のときに、札幌市立大学大学院の科目履修もしていました」

中野:まず私は自分で工務店をやっていたんですが、会社を売却しまして、それと同時に通信制の大学に入ったんですよ。

京都芸術大学という通信制の大学を4年で卒業しました。

3年でだいたいの単位を取ったのですが、大学4年のときに札幌市立大学大学院の科目等履修生になったんです。

大学4年のときは、ほとんど大学院の科目を履修していました。

ーー:大学院の科目等履修生ですか!

中野:はい、大学院の科目履修ですね。

通信大学と二重学籍にはならないことを確認しながら進めました。

それで前期・後期を合わせて約1年、1年で10数単位取りました。

受けられるものは全部受けてみようと思って、とにかく履修していました。

ーー:すごいですね!

中野:その中で、最初にお世話になった大学院の研究科長の授業で「もみじ台団地の2040年問題」というテーマを扱っていたんです。

それを学んだんですが、とても印象深かったです。

札幌市厚別(あつべつ)区にあるもみじ台団地、1970年頃に建設されていて、2040年で築70年になります。

この建物の耐用年数、だいたい70年と言われていますので2040年に大きな問題を迎えることになるわけです。

(団地のイメージ)

その上もみじ台団地では高齢化率がすでに49%を超えていて、50%を超えると限界集落と言われる状態になります。

で、2040年には50%を超える可能性が高いということで、その問題について大学の先生方が研究されていました。

その講義を受けて、「こんな問題があるんだ」と初めて知ったんです。

ーー:なるほど〜! 
私、実は前職の高校教員時代、もみじ台団地の隣にある高校で教員をやっていたのでもみじ台団地の話、とても身近に感じます(笑)

中野:大学4年の時に大学院の授業を科目履修していたとき、大学院がどういう場所なのかという好奇心も出てきました。

せっかく大学院の科目等履修生として10数単位を取っていたので、それが入学後にも活かせると聞いて、「それなら挑戦してみようかな」と思ったのがきっかけです。

そのときに藤本先生にも少しお世話になりまして、一般の正規生として札幌市立大学大学院デザイン研究科修士課程を受験し、無事合格することができました

 科目等履修生とは大学院の正科生でなくても授業を履修できる制度。
修得した単位は大学院入学時に卒業単位に参入することができます。

「研究室訪問に9回行きました」

ーー:ありがとうございます。懐かしいですね!
中野さんは当時 研究室訪問などもされていたんですよね。

中野:はい、9回くらい行きました。

当時はコロナ禍でしたので、すべてオンラインでの研究室訪問でした。

ーー:9回ですか、それはすごいですね。

中野:研究計画についてもその都度見ていただいて、少しずつ修正していきました。そうやってブラッシュアップしていって、最終的に受験に臨みました。

ただ、当初お世話になっていた研究科長の先生が非常にお忙しいということで、別の教授のもとで3年間通うことになりました。

ーー:そうだったんですね。

よろしければ中野さんが大学院に入る前のご経歴についても、少し教えていただけますでしょうか。

社会人になって感じた「学歴」の問題

中野:私は室蘭出身で、室蘭の工業高校の建築科を卒業し、そのまま建設会社に就職しました。

関東の中堅企業で12年間勤務し、その間に一級建築士の資格を取得しました。

その後、親の面倒を見るために北海道に戻ることになりました。

ちょうどそのときに東京で面接を受けて、現在の新千歳空港の関連会社に就職しました。

空港の維持管理を担当しており、そこで10年間勤務しました。
会社自体はとても良い会社だったのですが、その中で感じたのが「学歴」の問題でした。

ーー:学歴ですか。

中野:はい。その時勤めた職場はいわゆる「お役所」的な組織でして、学歴によって任される仕事がある程度分かれているんです。

例えば学歴がある方には企画系の仕事が回ってくるのですが、自分にはほとんど回ってこなかったんです。

ーー:なるほど…。

中野:私の業務は主に維持管理の業務が中心でした。

待遇自体は悪くなかったのですが、「このままでいいのか」という思いもあり、最終的には退職することにしました。

その後、建設会社をいくつか渡り歩いたあと、「自分でもやってみよう」と思い、建築会社を立ち上げました。

最初から元請けとして仕事を受けていました。

ーー:すごいですね!

建築会社を創業!

中野:元請けの経験がないと、役所の工事の元請けはなかなかできませんので、その経験を積む意味でも挑戦しました。

その後、経営審査事項という制度で会社のランク付けが行われるのですが、毎年申請していく中で徐々にランクも上がっていきました。

従業員も増えていきましたが、ただ、現場での対応やクレームなどはすべて自分のところに来るため、自分自身も現場を持ちながら対応していました。

ーー:かなり大変そうですね…。

中野:ホント大変でした。

そんな折、M&Aの話が出てきまして、商工会議所に相談しながら進めていきました。
結果的に2年ほどかけて会社を売却することになりました。

そのタイミングで改めて自分のこれまでを振り返ったときに、「やはり学歴の問題はあったな」と感じたんです。

それで「大学くらいは出ておいたほうがいいのかな」と思うようになりました。

「大学くらいは出ておこう」の思いから通信制大学へ。

中野:ただ、年齢的に通学するのはなかなか難しいと思っていたところ、通信制の大学があることを知り、京都芸術大学に通うことにしました。

ちょうどコロナ禍でもありましたので、自宅にこもって集中的に学習することができました。

その結果、3年間で120単位を取得することができました。

4年次にしか取れない科目がありましたので、それは最後に残して取得しました。

ちょうど時間にも余裕ができたこともあり、「科目等履修」という制度があることを知り、大学院の科目を履修することにしました。

ーー:そこから大学院につながっていくんですね。

中野:結果的に科目等履修生としてかなり一生懸命取り組んでいました。

当時、札幌市立大学大学院はオンラインと通学が半々くらいの形でした。

その後、正式に札幌市立大学大学院に入学したのですが、すでに単位をある程度取得していたこともあり、入学後は残りの単位がそれほど多くありませんでした。

なので1年に1つか2つ授業を受ける程度で進めていきました。

そして3年目の最後に「特別研究」という6単位の科目に力を入れて取り組みました。

いわゆる修士論文ですね。

その特別研究で6単位を修得し、最終的に卒業要件を満たすことができました。

ーー:おめでとうございます。中野さんはたしか長期履修制度を使われていたんですよね。

中野:はい、社会人の方は長期履修を利用される方が多いですね。

私の場合は仕事はしていませんでしたが、社会人入学ということもあり、焦ることなく3年間で通学しました。

札幌市立大学大学院では社会人の人には長期履修制度の利用が勧められるようでした。

もみじ台団地での「熱中症予防」が研究テーマ

ーー:大学院での研究テーマについても教えていただけますか。

中野:研究テーマは「もみじ台団地」に関するものです。

具体的には「寒冷地における公営住宅の高齢者の熱中症リスク」というテーマで研究を行いました。

ーー:寒冷地での熱中症についての研究ですか。

中野:一般的には寒冷地では熱中症のリスクは低いと思われがちですが、実際にはそうではない可能性があるのではないかという仮説を立てました

実際に調査を進めていく中で、札幌市の住宅課とも連携を取りながら研究を進めていきました。

札幌市としても、「もみじ台団地は低所得者も多く住んでいるため、冷房設備を簡単に自宅に導入できない」という現状があることを認識しているようでした。

また、建物の構造上、エアコンを取り付けづらいという問題もありました。

そのため、「この団地にはエアコンを設置できない」と思い込んでいる方も多かったんです。

ーー:なるほど。

中野:そこで、エアコンに頼らずにできる対策として、もみじ台団地の部屋にグリーンカーテンやブラインドの活用、床に人工芝を敷くなど、いくつかの方法を試し実際の温度変化を実験していきました。

2025年に実験を行い、その効果を確認しました。

(グリーンカーテンのイメージ)

また、2023年と2024年の調査結果をもとにして、「住宅のハンドブック」を作成しました。

このハンドブックでは「もみじ台団地での熱中症をいかに防ぐか」という観点から、熱中症を防ぐための具体的なやり方についてを住民向けにわかりやすくまとめています。

このハンドブック、修士論文とは別に札幌市へ提案を行いました。

その結果、札幌市から「政策としても方向性は合っている」「このハンドブックを活用したい」という評価をいただきました。

ーー:中野さんのご研究が実際の役に立っているのですね!

中野:ただ、賃貸契約の関係でバルコニーの使用方法などに制限があるため、その部分については札幌市側で修正を行った上で、もみじ台団地の住民に配布しても良いという話になっています。

かなり社会実装に近い形の研究になったと考えています。

研究においては最初から修士論文と行政提案の両方を意識して進めていました。

いわゆる「行政提案型の論文」という形ですね。
札幌市のご協力をいただきながら、担当部署とも連絡を取りつつ進めていきました。

修士論文を執筆し、無事修了!

ーー:修士論文の審査についても教えていただけますか。

中野:はい、修士論文は約120ページ作成しました。

それに加えて、ハンドブックと4ページの梗概を提出しました。

加えて、A0版展示用ポスター3枚を作成し、一般のご来場者に公開しました。

それらをもとに口頭試問が行われました。
2月の上旬に実施され、その場でいくつか修正点の指摘を受けました。

それをもとに修正を行い、2月の半ばに再提出。

その後、2月27日に大学のポータルサイト上で「単位修得」と表示されまして、それを見て一安心しました。

ーー:安心しますよね!

中野:やはり安心しましたね。その後、3月3日に正式に修了が発表されました。

新聞でも取り上げていただき、74歳で大学院を修了したということで、「この年齢で卒業できたことに驚いた」という反応も多くいただきました。

ーー:本当に素晴らしいですね!

中野:ありがとうございます。

☆後編に続きます。

「社会人大学院生インタビュー」はこちら!

 

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